小さい順に片端からポルシェに乗っていくシリーズの第6弾、今回は2代目となったMacanに試乗した。

フェルディナント・ヤマグチでございます。最新のポルシェ一気乗り企画の第6弾は「ポルシェ 911 Macan 4」です。
インプレッションを書く前に、このクルマの背景について少々。
ご存知かどうか。新型Macanに内燃機関のモデルは存在しない。
ガソリンおよびディーゼルエンジンはもちろん、ハイブリッドモデルさえ設定されていない。
新世代のMacanは、完全なバッテリーEV(BEV)として設計され、製造販売されている。
2023年のポルシェ世界納車台数は320,221台。そのうち87,355台が先代Macanで、構成比は実に27%。翌2024年も82,795台が納車され、モデルライフ末期と地域ごとの内燃機関版終息を挟みながらも、大きな販売ボリュームを維持してきた。
ポルシェにとって、Macanは“試験的なモデル”ではなく、販売と収益をがっちり支えてきた、文字通りの「大黒柱」である。本来であれば、新しい技術を慎重に見極めるもっとも保守的な判断が求められるポジションではないだろうか。

今回も千葉県千葉市にある「東京クラシック倶楽部」に行きました。そして惨憺たるスコアでありました…。
かような稼ぎ頭をEV一本に絞ってしまうとは…。
ポルシェはなぜそこまで踏み込む必要があったのか。あるいは踏み込まざるを得なかったのか。「量産SUVの理想形がEVだから」では無論あるまい。当時の欧州では、Macanが生き残るための「前提条件が急速に変わっていたから」と見るのが正解だろう。
2021年の「Fit for 55」を起点に、EUは2035年に向けて新車のCO2排出を実質ゼロとする方向性を明確にした。そしてその枠組みは、後に「規則(EU)2023/851」として確定した。
これは単なる政治的スローガンではなく、自動車メーカーの次世代開発計画をその前提から容赦なく縛り上げる“実効性”を持った規制である。
Macanのように販売規模が大きくモデルライフが長い車種は、2030年代の規制を無視した次世代設計は成立しない。結果としてポルシェは、内燃機関を延命させながら対応する道ではなく、EV専用モデルへと一気に舵を切る判断を下したのだ。メーカーとしての“思想的な選択”ではなく、規制のリスクと投資効率を天秤にかけた(当時の)最適解だったのだ。辛い判断だったでしょうね。ポルシェはん。

大きなクルマですが、クラブの横済みはできません。1セットでも後部座席を倒さないとクラブは積めません。
当時の技術的選択肢がEVしか存在しなかったわけではない。
水素燃料電池車(FCV)という道筋もすでに存在していた。
走行時にCO2を排出せず、理屈の上ではEUの規制にも適合し得る技術だ。
しかし、欧州全域で水素インフラ整備や量産SUVとして成立させるためのコスト。また車体パッケージングやサプライチェーンまで含めて考えると、Macan級のグローバルモデルに適用できる段階ではなかった。短期間で確実に数十万台規模を捌く必要のある「ポルシェの大黒柱」を託せる「解」ではなかったのだ。
かくしてMacanはEVになった。これが当時の条件下で取り得たもっとも現実的な選択だったのだ。

Macan 4の左右のフロントフェンダーには、"electric"のエンブレムが装着される。
EVのポルシェEVのSUV。しかも絶対に売らなければならない大黒柱。…となると、「PPE(Premium Platform Electric/以下、PPE)」に触れなければ話は進まない。
「PPE」は、ポルシェとアウディが主導し、フォルクスワーゲン・グループ全体のプレミアムEVを支えるために開発されたEV専用の車両アーキテクチャだ。
内燃機関車をベースにした「転用EV」ではなく、800Vの電装、大容量バッテリー、高出力モーター、次世代ソフトウェアを前提に、「最初からEV」として設計されている。
そのPPEには“縛り”が多い。バッテリーの床下配置、電圧体系、電子アーキテクチャなど、多くがグループ共通の前提条件として厳密に定義されているのだ。2代目Macanは、ポルシェが白紙の状態から好き勝手に描いたEVではない。
最初から「共有される制約」の中で成立することを宿命づけられたポルシェなのである。

EVですからね。ボンネットを開けてもエンジンは見当たりません。申し訳程度のトランクスペースがあります。
ポルシェにとって「制約のあるクルマ作り」はこれが初めてではない。
初代CayenneはVolkswagen Tuaregとの共同開発だったし、先代MacanもAudi Q5系のプラットフォームを前提として生まれている。“縛り”があるのは新生Macanと同様だった。しかし今回は「制約の範囲と深さ」が大きく違う。
従来の制約は、主としてシャシーやパッケージングといったハードウェアの次元にとどまっていた。どこにエンジンを載せ、どこに駆動系を通し、どの寸法の中で成立させるのか。“メカニカルな縛り”に留まっていた。
だが今回の“縛り”は車体構造にとどまらず、電動化を前提とした車両アーキテクチャ、電気・電子アーキテクチャ、ソフトウェアの作り方、さらには開発の進め方そのものにまで及んでいる。クルマの骨格だけでなく、神経系と、育て方までが共有されている、ということだ。
PPEを採用するという判断は、開発コストや規制対応をグループ全体で引き受ける代わりに、ポルシェが「自分たちだけで決められる領域」を狭める選択でもあったのだ。
妥協ではあるまい。先々を見据えれば、単独でEVを完結させること自体が現実的ではなかったのだ。失敗の許されない“稼ぎ頭”であるMacanであればなおさらだ。
厳しい制約を正面から引き受けた上で、「何を守るか」を問われたEVが新しいMacanだ。
このクルマを単なる「新しいポルシェのSUV」と見てはいけない。
ポルシェという会社の現状を映す鏡である。
「少々」のはずが長くなり過ぎた。インプレションは次回に。
それではみなさま良いお年を!
(Text by Ferdinand Yamaguchi & Photo by Ferdinand Yamaguchi / Toru Matsumura)


