かつての強さを取り戻そうとしているAudi。ロー・コレクション(Loh Collection)が所蔵するAudi Sport quattro S1は、現在のブランドに欠けているものを示している。それは勇気と感情、そして健全な量の狂気である。

※この記事は「Auto Bild JAPAN Web」より転載したものです。

画像1: 【Auto Bild】伝説の「Audi Sport quattro S1」を試乗! この狂気がAudiに欠けているものを教えてくれる

ひと目見ただけで脈が速くなり、エンジンを始動すれば血が騒ぎ、走り出せば喜びで右足が震えるAudi? 残念ながら、そんなクルマは今、ディーラーへ行ってもまず見つからない。ヌヴォラーリ(Nuvolari)はコンセプトC(Concept C)と同じくまだ完成しておらず、最後の真の「Audi RS 6」も、「Audi TT」や「Audi R8」と同様、すでに過去の存在となってしまったからだ。

現在のAudiのラインナップを眺めても、そこにあるのは生ぬるいSUV、味気ない電動セダン、そして堅実ではあっても、もはや誰の情熱にも火をつけない中途半端なスポーツカーである。心にフォーリングスを宿す目の肥えたAudiファンは、ディーラーへ向かう代わりに、たちまち過去を恋しく思うようになる。

ロー・コレクションでは現在、古き良きAudiの美徳を、ほかのどのクルマよりも色濃く体現した1台を主役とする特別展が開催されている。オフロードの猛者たちが一堂に会するこの展示の名は「ラリー・レジェンズ(Rally Legends)」。正面玄関上部のガラスケースに飾られた主役は、ほかでもない、モータースポーツ界の伝説、ヴァルター・ロール(Walter Röhrl)がAudiでのキャリアの終盤に「リングの支配者たち」に所望した「Audi Sport quattro S1」である。

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いや、正確には「飾られていた」と言うべきだろう。なぜなら今、この英雄には再び輝く機会が与えられ、展示台を下りて公道へと解き放たれたからだ。いわゆるグループBで黄金時代を築いてから40年。このクルマは、当時ライバルに対して優位に立つには、テクノロジーだけでなく、相応の狂気も必要だったことを証明しようとしている。

Audi Sport quattro S1:ここに座る者は服従する

まるで昨日そこへ駐車したばかりのように、エンジンはすぐさま目を覚ます。車体中央に据えられたストーブの煙突のような排気管から、オイルの混じった煙を数回咳き込むように吐き出し、アクセルペダルの動きを貪欲に飲み込んでいく。

だが、5気筒エンジンの回転が滑らかに整うよりも前に、ひとつの事実がはっきりする。ここへドライバーとして乗り込むことはできない。せいぜい、乗ることを許された客として迎え入れられるだけだ。

むき出しの金属製フレームは、たちまち肘に青あざをつくる。バケットシートは万力のように身体を締め上げ、サスペンダー式のベルトは肺に残った最後の一滴ならぬ一息まで絞り出す。そこに偽りの慎み深さが入り込む余地などない。ここに座る者に、交渉の余地はない。ただ服従するのみである。

画像: Audi Sport quattro S1:ここに座る者は服従する

そして、まだ1mたりとも走っていないのに、もうひとつのものがこちらを捕らえて離さない。細く、どこか頼りなげな筆跡でステアリングホイールのリムに書き込まれたサインだ。しかも、まさにこれから自分の手を置こうとする場所にある。

ヴァルター・ロール(Walter Röhrl)。

このAudi Sport quattro S1は、およそ20台が製作されたラリー仕様のquattroのうちの、単なる1台ではない。1987年、ロールがAudiとの別れの贈り物として自ら選んだ車両であり、フェルディナント・ピエヒから贈られたプレゼントなのだ。

530PS:クルマとカタパルトの境界線

というわけで、今日は肉体労働である。それも、かなり手強い仕事だ。Audi Sport quattro S1を、われわれのPSにまつわる集合的記憶に永遠に刻み込まれた、あの荒々しい走りへと目覚めさせるには、たっぷりとエンジンを回さなければならないからだ。

過給圧が立ち上がるまでは、何も起きていないように思える。だが次の瞬間、それは一気に襲いかかる。まるで誰かが「自動車」と「カタパルト」の間にあるスイッチを切り替えたかのようだ。

5気筒エンジンは、その申し出を待ってましたとばかりに、貪欲に受け入れる。回転数が上昇した途端、自らを鎖から引きちぎるように解き放つ。準備運動もなければ、段階的な盛り上がりもない。あるのは530PSによる、ただ一度の生々しい炸裂だけだ。それはシートとステアリングホイールを突き抜け、こちらのみぞおちへ一直線に叩き込まれる。

画像: 530PS:クルマとカタパルトの境界線

ギヤを変えるたび、駆動系の中で爆発が起きたように感じる。ロールはそれを「爆発」と表現したが、まさしくその言葉どおりだ。Audi Sport quattro S1は直線的に加速するのではない。こちらに襲いかかってくる。

0-100km/h加速は3秒未満、0-200km/h加速は10秒。現在でも馬鹿げているとしか思えない数字だが、当時としては完全に正気の沙汰ではなかった。

Audiの5気筒特有のガラガラという音に、ターボチャージャーの甲高い笛の音が重なる。余分な空気を狂ったようなさえずりとともに吐き出すその様子は、まるで狂犬病にかかった機械仕掛けのカナリアである。

それでも、いや、だからこそ、こちらは慎重に、ほとんど卑屈なほど従順に運転する。現在では数億円の価値を持ち、しかも特別展そのものの顔となっているクルマだ。無謀な振る舞いを許してくれるはずがない。

グループBが生んだヴァルター・ロールの怪物

それでも、こちらの息を奪い、ヴァルター・ロールならおそらくあくびをしてしまう程度のペースで走るだけで、なぜこのモデルが1982年から1986年にかけてラリー界をひっくり返したのかが、たちまち理解できる。

Audi Sport quattro S1のホイールベースは、標準型quattroよりも30cm以上短縮されている。ボディは、ポパイのセーラー服が筋肉で膨れ上がったように張り出し、ヘッドライトは港で働くタグボートのそれを思わせる。そしてリヤを飾るのは、Audiよりもエアバスに付いていそうな巨大なウイングだ。

軽量構造、ターボ過給、そしてフルタイム4WD。この組み合わせによって、4WDは初めてレースで通用する技術となった。そしてそれこそが、現在はいささか揺らいで見えるにせよ、今日までAudiの名声全体を支えているテクノロジーである。

画像: グループBが生んだヴァルター・ロールの怪物

これほど過剰な技術投入が可能だったのは、FIAがグループBのために前代未聞のレギュレーションを設けたからだ。公道仕様車を200台製造すればホモロゲーションを取得でき、その後は設計者にほとんどあらゆることが許された。

ロー・コレクション(Loh Collection)の館長、フリードヘルム・ロー(Friedhelm Loh)は、この時代を独自の言葉で表現する。

「ドライバーとコドライバーは、野生のラリー動物を必死に制御しようとするライオン使いのような存在だった」

彼はそれを「自動車の狂気」と呼ぶ。その狂気は、今も人々の記憶に深く焼き付いている。

FIAがこの狂気を野放しにしたのは、わずか5年間だった。複数の死亡事故を受け、その時代は突然終わりを告げた。あとに残されたのは、個々のレース結果をはるかに超える巨大な神話と、モータースポーツの枠を越えて象徴的存在となったひとりのドライバーである。

ロールは1985年、このクルマでサンレモ・ラリーを制した。そして1987年にはパイクスピーク仕様車を駆り、当時まだ未舗装だったコロラドの山頂までを10分47秒850で駆け上がった。

いまのAudiに欠けているのは、まさにこの狂気だ

博物館へ戻る道中、4WDはグラベルをつかんだかと思えば、その直後には再びグリップを失う。ターボチャージャーの口笛がヴェスターヴァルト地方にもう一度響き渡り、タイヤがアスファルトに黒々とした記憶の跡を焼き付ける。そのとき、冒頭の思いへと円環が閉じていく。

このクルマは、自らが何を象徴する存在なのかを言葉で主張する必要などなかった。ただ、それを実行したのだ。当時、森を駆け抜け、アルプスの峠を越えて競った、その1メートルごとに。

画像: いまのAudiに欠けているのは、まさにこの狂気だ

このAudi Sport quattro S1は、多くのファンがAudiに求めている勇気と狂気を体現している。

現在のAudiに最も欠けているのは、まさにそれだ。テクノロジーではない。それなら今もある。足りないのは、ときには痛みを伴うことさえ恐れず、それを解き放つ勇気である。そしておそらく、ほんの少しの狂気も。

力強いツインターボV8に、お約束の電気モーターを組み合わせたヌヴォラーリ。そしてピュアなデザインを掲げるコンセプトC。少なくともこの2台は、勇気と狂気が再びインゴルシュタットに居場所を見つけ、ひょっとするとすでにその席を確保したのではないかと思わせるシグナルを発している。

だが、それが単なる威勢のよい掛け声以上のものになるかどうかは、時間が証明することになる。

そして、それが現実のものとなるまでは、われわれは引き続き過去を楽しむことにしよう。

(Text by Thomas Geiger / Photos by Fabian Hoberg)

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