140104-Otani-08.jpgモータージャーナリストの大谷達也氏がAudi Sport quattroを堪能。その知られざる素顔に迫る。 初恋の人との再会は期待外れに終わるというのが通り相場だが、Audi Sport quattroは私の期待をまったく裏切らなかった。いや、期待をはるかに上回っていたといってもいい。

まず、そのエンジンがなかなか素直で、しかも十分にパワフルだった。最高出力300psという数字は、30年前だったからこそ競技用ホモロゲーションモデルとして通用した値であって、いまではちょっとしたスポーティセダンでもこのレベルに届いている。けれども、1300kgという軽量ボディのなせる技だろう、2000rpmを越えると同時に過給圧の高まりを感じさせる2.2Lターボエンジンは、4000rpmを越えると何かにとりつかれたかのような大パワーを発揮しはじめ、クワトロの圧倒的なトラクションも手伝って軽い恐怖心を覚えるくらいの加速感をもたらすのだ。

とはいえ、いわゆるドッカンターボとはいささか趣が異なる。2000rpm以下から加速させようとすると、パワーバンドに入るまでに時間がかかるうえ、あるところから急にパワーが増大するので扱いにくいと感じるかもしれないが、常に4000rpm以上をキープする走らせ方をすればスロットルを踏み込んでからのタイムラグは限りなくゼロに近づき、パワーの高まりにもそれなりのリニアリティが感じられる。少なくとも、扱いにくいという印象は皆無だった。また、2000rpm前後の領域でも2.2L NAエンジンとして納得できる程度のトルクは発揮されるので、市街地であれば"無過給状態"で走らせることも可能だ。

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乗り心地はやや硬めながら、30年前のホモロゲーションモデルであることが信じられないほど快適だった。私たちが試乗したAudi Sport quattroには、レプリカとおぼしきピレリPゼロ(225/50R16)が装着されていたが、現代の常識から考えればはるかに"肉厚"なタイヤのため、路面の段差もスムーズにやりすごすしなやかさを備えていた。ショートホイールベースという言葉から想像されるピッチングも、強力なダンパーに支えられているせいかさほど感じられず、レザー張りのレカロ・シートに腰掛けていると、このまま何百kmでも走れそうな気力がみなぎってくる。

ハンドリングにも特別なクセは感じられず、ステアリングを切れば切っただけ素直にターンインしてくれる。初期アンダーの程度は最新のRS 6 Avantと変わらないくらい軽いといえば、ご想像いただけるだろうか? また、ピッチング方向の動きがきちんと制御されていることもあり、荷重移動によってハンドリング特性が大きく変化することもない。正直、現代のクルマと同じ感覚でドライビングしても、何の不都合もないだろう。

いや、敢えて違いを挙げるとすれば、サーボの利きが弱めのブレーキくらいのものだろう。このため踏力は大きめながら、ブレーキペダルの剛性感が恐ろしいくらい高いので、踏み方ひとつで減速Gを意のままにコントロールできる。今回、Audi Sport quattroを受け取ったのは標高の比較的高い場所で、そこからモナコまでは基本的に坂を下っていくいっぽうだったため、この踏み応えがしっかりとしていてフェードする気配さえ見せないAudi Sport quattroのブレーキは実に心強く、また頼もしかった。

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先ほど申し上げたとおり、このAudi Sport quattroはたったの210台しか生産されなかったが、アウディの調査によればそのうちの207台がいまも現存しているという。もっとも、アウディがミュージアムに動態保存しているAudi Sport quattroは、この日、私たちが試乗した個体を含めてもたったの2台だけ。

したがって、貸し出された当初はそれこそ腫れ物を触るような慎重さで運転していたが、やがてこのAudi Sport quattroがいまも現役で飛ばせるパフォーマンスを有していることがわかり、しかも想像していたほど扱いにくいクルマでもないことがわかると、私とNさんは徐々にペースアップしていき、モナコを目前に控えたチュリニ峠では終始、限界に近いペースで走り続けてしまった。それでも、怖い思いをしたことは一度もなかった。

quattroならではの安心感、そしてスタビリティを重視したアウディのクルマ作りは、このAudi Sport quattroでもまったく変わることがなかったのである。

Audi Sport quattroと過ごす時間があまりに痛快で、しかも妙な緊張をしいられなかったことから、200kmほどの道のりをあっという間に走りきり、夕闇迫るモンテカルロの港が次第に近づいてきた。そしてついにモナコのメリディアン・ホテルに到着すると、私たちはAudi Sport quattroから降り立ち、その鍵を係員に手渡したのである。残念ではあるけれど、アルプスでAudi Sport quattroを存分に走らせた満足感と、貴重なクルマを無事に返却した安堵感から、私たちは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた......。

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"奇っ怪"な面持ちとは対照的に、抜群のスタビリティと高い完成度を実現していたAudi Sport quattro。先進のテクノロジーを熟成し、誰もが安心して優れたパフォーマンスを楽しめるというアウディのクルマ作りは、このAudi Sport quattroにも確実に息づいていた。そこにアウディの技術者たちが抱く情熱と信念と、quattroへの気高い誇りを感じ取ってしまうのは、おそらく私ひとりではないだろう。

(Text by Tatsuya otani / Photos by Audi AG, Tatsuya otani)

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