Volkswagen Scirocco GTI(フォルクスワーゲン シロッコ GTI):ウォルフスブクルクが生んだ、もっともエッジの効いた110psクーペ。ウェッジシェイプのボディに110psを搭載した初代Scirocco GTIは、1970年代に手頃なスポーツアイコンとして、つまり最速のGolfに代わるモデルとして登場した。クラシック オブ ザ デイ!
ドイツでもっともホットな砂漠の風、初代「Scirocco GTI」がディーラーに登場したのは1976年のこと。1974年に登場した「Golfベース」の「Volkswagen Scirocco」の最速バージョンは、すぐに多くのファンを獲得した。
※この記事は「Auto Bild JAPAN Web」より転載したものです。
外見上も、「Scirocco GTI」は自信に満ちたものだった:ワイドなフロントリップを備え、ボンネットの下には伝説的な「Golf GTI」をしのぐ110psのパワーがあった。
フォルクスワーゲンが販売開始後8ヶ月だけで24,555台の「Scirocco」を販売した後、ウォルフスブクルクの戦略家たちは、1975年9月の時点ですでに、まだ続きがあることを知っていた!フランクフルトで開催されたIAA(フランクフルトモーターショー)で、インゴルシュタットのグループの同僚たちは「アウディ80」を「GT/E」として発表した。
エンジン:GTIレジェンド110ps
そしてこのエンジンは、1976年6月から「Scirocco GTI」にも搭載された。最高速度185km/h、0-100km/h加速8.8秒を実現した「Scirocco」は、人々が切望したコンパクトカーの中のスポーツカーであった。
最高出力110psのこの軽量車は、2倍のパワーを持つ現代の「Golf GTI」に匹敵する躍動感がある。4,000回転から始まる4気筒の咆哮は、当時の「Scirocco=Golf」の典型的なサウンドだ。
フェイスリフト:フェイスリフトがもたらしたもの
1977年8月のフェイスリフトで、クロームメッキのバンパーとサイドミラーは姿を消し、プラスチック製のパーツに変更された。エアコンも注文できるようになった。また、わずか数年で多くの顧客から腐食のクレームが寄せられていた防錆がついに標準装備となった。しかし、後期型「Scirocco」でさえ、その保護は十分ではなかった。
Sciroccoのスペアパーツ事情
エンジン、ギアボックス、シャシーなど機関部分の部品の供給は、「Golf」との関係もあって順調のようだ。しかし、「Scirocco」オリジナルのパーツは事情が異なる。オリジナル品質のボディパーツの多くはもはや入手不可能であり、トリムやシートカバーも希少で、よほどの人脈がなければ入手できない。未改造の良質な「Scirocco」は今や希少であり、よく整備された「GTI」の固体を見つけることは事実上不可能である。
【大林晃平】
自動車を日夜一生懸命に(?)、開発している優秀なエンジニアの友達に「よく言われるプラットフォームが共通な自動車も、作るのは大変なんでしょう?」と当たり前の質問をしたことがある。
飲んでいたビールを口に運びながら「そりゃあもう大変ですよ。いくら共通のパーツがあったとしたって、自動車作るわけなんですから、ちゃんと走らせるようにする労力はそんなに変わりません」と酢豚の肉の塊を口に入れながら笑った。
彼が言うには、クロスオーバーのように、ちょっとだけ車高の高い自動車を作るのだってえらく大変で、たった20mmだけ車高を上げたとしても、開発者の労力は多大なものがあるのだという。「自動車をちゃんと走らすというのは、物理との闘いなんですよ」と、その時にえらく格好いい台詞をそのエンジニアは語っていた。
よくSciroccoはGolfの着せ替え人形だと言われるけれど、そのエンジニアの言葉を思い出すと、もうまったく別の自動車を作るだけのエネルギーと苦心惨憺のエピソードがきっとあったのだろうな、と思ってしまう。特に今ほどコンピューターシミュレーションが発達していなかった当時、人海戦術で実験開発をするフォルクスワーゲンのエンジニアたちはきっと大変だっただろう。
何しろ背の高いGolfを低くしてクーペに改良し、ちゃんと走るようにするのは並大抵のことではないと思う。こうまでディメンションが変われば、ありとあらゆる実験も必要なことは言うまでもない。せめてもの救いは(?)当時のフォルクスワーゲンのラインナップが少数精鋭だったことで、ポロ、Golf、パサート、そしてSciroccoという四兄弟だけだったことで、今のようにSUVもBEVもプラグインハイブリッドモデルもてんこ盛りのラインナップと比べれば、一台にかけることのできるマンパワーにも、結構なエネルギーを費やすことができたはずである。
その結果でもないだろうが、Sciroccoは当時の自動車雑誌にインプレッションでもかなりの高評価だったし、ジョルジョット・ジウジアーロにデザインのボディもシンプルで美しく、地味と言われようがなんといわれようが僕は個人的に好きな一台であった。
結局Sciroccoは大ヒットになったかどうかは別として、ジョルジョット・ジウジアーロがデザインした初期モデル、フォルクスワーゲンの社内デザインの2世代目モデルを経た後、よりスポーティに振ったCorradoに席を譲ったがあまり成功とはならず、結局再度Sciroccoの名前を復活させて3代目がその後発表された(……が、これも消えてしまい、今に至る)。
もちろん一番スマートで格好良く、今見てもいいなぁと思うのは、今回紹介されている初期のモデルで、そこにはジョルジョット・ジウジアーロの才能を感じざるをえない、シンプルで機能的な美しさがあるし、Golfというベースをもとに、実用性をできるだけ損ねないまま、ここまで違った作品を生み出すことのできる手腕はやはり天才的なものなのだと思う。
蛇足ながらSciroccoの名前の由来は皆さんご存じかもしれないが、北アフリカから地中海に吹き抜ける「風」であり、「暖房などのSciroccoファンのScirocco」のことである。さらに蛇足ながら角2灯ライトと丸目4灯ヘッドライトがあるが、ヨーロッパではLS以下の下位グレードが角2灯で、TS以上のグレード及びUS仕様は丸目4灯ヘッドライトとなる。当時ヤナセから日本に正規輸入されたSciroccoは角2灯で、MTとATの両方が選べたが、言うまでもなくVolkswagen Golfよりもずっと高価で、街で見かける頻度も少なかった。だから普通のSciroccoでも十分に希少な輸入車だったから、GTIに遭遇することは滅多になく、令和6年6月現在、日本で流通している初代Scirocco GTIは皆無。普通のモデルが「価格応談」で一台売られているに過ぎない状況となっている。
それにしても、たまにイベントなどで見かける初代Sciroccoはなんとも小さくシンプルで驚く。全長は4メーター以下だし、幅だって1,625mmにすぎない。そしてその車重にいたっては、最新のマツダロードスターより100kg以上も軽い、900kg以下である。
コレステロール値がさく裂し、「2トンは当たり前」のようなSUVやBEVが走り回る街でごくまれに見かけると、本当に爽やかな一陣の風のようにも感じるSciroccoである。
(Text:Matthias Techau and Andreas May)