先代のムードを、より実用的に
新型コロナ感染症対策の緩和と夏休みシーズンによって、イタリアには外国ナンバーをさげた車もやってくるようになった。
そうしたなか、たびたび見かけるのは、フォルクスワーゲン・トランスポーター「T3」である。
それは先代である「T1」や「T2」と比べると、やや個性に欠ける。それでもなぜ目立つかといえば、実直なまでのボクシーなデザインと、なんといってもその「遅さ」だ。
生産されていた期間は1979〜1992年。最も高年式でも28年落ちなのだから、寄る年波ということで仕方ない。
ヴァカンス客が乗っているT3の大半は「ウエストファリア」などを含むキャンパー仕様である。
2020年夏は新型コロナの影響で、公共交通機関や過密な場所を避けるべく、夏休みにキャンピングカーを選択する人が増えていると聞く。そうした状況を差し引いても、以前からするとT3キャンパーに遭遇するようになった。
筆者が住むイタリア・シエナ県の空冷系フォルクスワーゲンスペシャリスト「デイ・ケーファー・サービス」の敷地内には数台のT3がいる。
主宰するジョヴァンニ・デイ氏にT3が人気の理由を聞くと、「T1やT2に比べると安いからね」と即座に教えてくれた。たしかにT1は、高くなりすぎた。2019年4月の本欄「あの『シュヴィムワーゲン』はおいくら? パリの旧車オークション」で、1790万円の値がついたT1は、その代表的な例といえる。
いっぽう、T3は今でもイタリアで1万ユーロ(約125万円)台で見つかる。
デイ氏は続ける。「T3は先代と比べて、機構がより新しく、操舵が機敏で制動力も高い。室内空間もさらに広く、視界も広い」。
さらにエンジンの種類が豊富であることも魅力という。「イタリア仕様に関していえば、ガソリンの空冷1.6/1.7/2.0L、水冷1.9/2.1Lに加えて、ディーゼルも1.6/1.6ターボ/1.7Lがあった」と彼は振り返る。とくにディーゼルは、その燃費と耐久性で今も評価が高い。
要するにT3は、先代が築いたイメージを踏襲しつつも、より実用に適しているのである。
かくも継がれるフォルクスワーゲンカルチャー
先日、筆者が住むシエナと同じトスカーナ州の港町、リヴォルノを訪ねたときのことだ。港で茶色のT3キャンパーを発見した。
よく見ると中に若者がいて、キッチンまわりをいじっている。声をかけてみると、若者はロレンツォという名前だった。市内で鮮魚店を営んでいるという。父親は漁師だと教えてくれた。
彼のT3キャンパーは30年前の1990年式。いっぽう彼は26歳というから、自分よりも古い車を直していることになる。
「僕が小さいとき、10歳年上の兄貴がこのT3キャンパーを北部国境近くで物色して買ってきたんだよ。以来兄貴は僕を乗せて、いろいろな場所を旅してくれたんだ」
後年T3は放置され、ロレンツォ君いわく「見るに堪えない状態」になってしまった。だが、運転免許を取得して一念発起した彼は、思い出のT3を8年前から修復開始したのだという。最大の難所は錆だったというが、それを乗り越えて2トーンの再塗装を完了した。
現在は内装の仕上げに着手しているところだ。レストア完了の暁には、仲間たちを乗せてシチリア島をめぐりたいという。木製ケースのスピーカーがあるので聞けば、「パーティー用さ」と楽しげに教えてくれた。
T3といえば、先日走ったアウトストラーダA1号線「太陽の道」でも、複数台目撃した。
それらはエアコン未装着らしく、窓は全開だった。中に乗るドライバーやパッセンジャーを覗くと、髪の毛が走行風に乱されて、くしゃくしゃになっている。
それでも彼らは、きまって笑顔だ。仏頂面をしたオーナーが操る高級車が到底発し得ない幸福のオーラを周囲に漂わせている。
長年のフォルクスワーゲン愛好家にとってT3は、まだ昨日のようなモデルかもしれない。しかし、ロレンツォ君のように、すでにT3とストーリーを織りなし始めた世代がいる。彼らこそが、フォルクスワーゲンカルチャーを明日に繋いでゆくのである。
(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)