先代のムードを、より実用的に
新型コロナ感染症対策の緩和と夏休みシーズンによって、イタリアには外国ナンバーをさげた車もやってくるようになった。
そうしたなか、たびたび見かけるのは、フォルクスワーゲン・トランスポーター「T3」である。
![画像: 2020年7月、筆者がリヴォルノの港で発見したフォルクスワーゲンT3キャンパー。このストーリーについては、のちほど。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/951bbb61f7d854876f4fa9c22452514df46ca6e7_xlarge.jpg)
2020年7月、筆者がリヴォルノの港で発見したフォルクスワーゲンT3キャンパー。このストーリーについては、のちほど。
それは先代である「T1」や「T2」と比べると、やや個性に欠ける。それでもなぜ目立つかといえば、実直なまでのボクシーなデザインと、なんといってもその「遅さ」だ。
生産されていた期間は1979〜1992年。最も高年式でも28年落ちなのだから、寄る年波ということで仕方ない。
ヴァカンス客が乗っているT3の大半は「ウエストファリア」などを含むキャンパー仕様である。
![画像: スーパーマーケットの地下駐車場にて。食料品の買い出しだろうか。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/335976584ea2799e71a87b3a18a4947e0bee56cd_xlarge.jpg)
スーパーマーケットの地下駐車場にて。食料品の買い出しだろうか。
2020年夏は新型コロナの影響で、公共交通機関や過密な場所を避けるべく、夏休みにキャンピングカーを選択する人が増えていると聞く。そうした状況を差し引いても、以前からするとT3キャンパーに遭遇するようになった。
![画像: アウトストラーダ「太陽の道」にて。ドイツからの旅人。スコップが本気感を醸し出している。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/503483e74d5549135aa9d1cc3973ce039c72703f_xlarge.jpg)
アウトストラーダ「太陽の道」にて。ドイツからの旅人。スコップが本気感を醸し出している。
筆者が住むイタリア・シエナ県の空冷系フォルクスワーゲンスペシャリスト「デイ・ケーファー・サービス」の敷地内には数台のT3がいる。
主宰するジョヴァンニ・デイ氏にT3が人気の理由を聞くと、「T1やT2に比べると安いからね」と即座に教えてくれた。たしかにT1は、高くなりすぎた。2019年4月の本欄「あの『シュヴィムワーゲン』はおいくら? パリの旧車オークション」で、1790万円の値がついたT1は、その代表的な例といえる。
いっぽう、T3は今でもイタリアで1万ユーロ(約125万円)台で見つかる。
![画像: 空冷VWスペシャリスト「デイ・ケーファー・サービス」の庭に佇むT3。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/03842878d09386600bf8c4829879ba6a1e9a1a12_xlarge.jpg)
空冷VWスペシャリスト「デイ・ケーファー・サービス」の庭に佇むT3。
![画像: ルートバン仕様。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/4513145ea666adede5e0c74a6f5e7f69c9969fc4_xlarge.jpg)
ルートバン仕様。
![画像: ピックアップ仕様。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/7ac1e39dcd92e25ff21033f03006c59bbb1cb234_xlarge.jpg)
ピックアップ仕様。
デイ氏は続ける。「T3は先代と比べて、機構がより新しく、操舵が機敏で制動力も高い。室内空間もさらに広く、視界も広い」。
さらにエンジンの種類が豊富であることも魅力という。「イタリア仕様に関していえば、ガソリンの空冷1.6/1.7/2.0L、水冷1.9/2.1Lに加えて、ディーゼルも1.6/1.6ターボ/1.7Lがあった」と彼は振り返る。とくにディーゼルは、その燃費と耐久性で今も評価が高い。
要するにT3は、先代が築いたイメージを踏襲しつつも、より実用に適しているのである。
かくも継がれるフォルクスワーゲンカルチャー
先日、筆者が住むシエナと同じトスカーナ州の港町、リヴォルノを訪ねたときのことだ。港で茶色のT3キャンパーを発見した。
![画像: 2020年7月のある昼下がり、リヴォルノの港に、そのT3キャンパーは佇んでいた。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/70451ffd430e654cea593916ddddf63627338c8f_xlarge.jpg)
2020年7月のある昼下がり、リヴォルノの港に、そのT3キャンパーは佇んでいた。
よく見ると中に若者がいて、キッチンまわりをいじっている。声をかけてみると、若者はロレンツォという名前だった。市内で鮮魚店を営んでいるという。父親は漁師だと教えてくれた。
![画像: 中では、持ち主のロレンツォ・バロッコ君(26歳)が修復にいそしんでいた。「耐久性が評判だったディーゼル仕様だよ」。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/e02a47bd672663fcc7ae60920001ee07c381e059_xlarge.jpg)
中では、持ち主のロレンツォ・バロッコ君(26歳)が修復にいそしんでいた。「耐久性が評判だったディーゼル仕様だよ」。
彼のT3キャンパーは30年前の1990年式。いっぽう彼は26歳というから、自分よりも古い車を直していることになる。
「僕が小さいとき、10歳年上の兄貴がこのT3キャンパーを北部国境近くで物色して買ってきたんだよ。以来兄貴は僕を乗せて、いろいろな場所を旅してくれたんだ」
![画像: 幼い頃、兄とともに各地を巡った思い出の車だ。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/96f0b696a4a0a7294c88ee973ba7b488aeec309b_xlarge.jpg)
幼い頃、兄とともに各地を巡った思い出の車だ。
![画像: 1980-90年代におけるVWの典型的な書体で記されたスピードメーター。オドメーターは22万kmを刻んでいる。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/0db3037b36045e8c91aa8a24cfc66a0f95bbd1cf_xlarge.jpg)
1980-90年代におけるVWの典型的な書体で記されたスピードメーター。オドメーターは22万kmを刻んでいる。
![画像: フロアまわり。この頃のVWのペダルには、まだエンブレムがスタンプされていた。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/1105bf09984a8a1051c01214baaf9b23e8802595_xlarge.jpg)
フロアまわり。この頃のVWのペダルには、まだエンブレムがスタンプされていた。
後年T3は放置され、ロレンツォ君いわく「見るに堪えない状態」になってしまった。だが、運転免許を取得して一念発起した彼は、思い出のT3を8年前から修復開始したのだという。最大の難所は錆だったというが、それを乗り越えて2トーンの再塗装を完了した。
現在は内装の仕上げに着手しているところだ。レストア完了の暁には、仲間たちを乗せてシチリア島をめぐりたいという。木製ケースのスピーカーがあるので聞けば、「パーティー用さ」と楽しげに教えてくれた。
![画像: 知人で漁師のフランコさん(左)とロレンツォ君。レストアはまだまだ続く。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/4858259d56c7e4549d3f6a965288c484933ccd59_xlarge.jpg)
知人で漁師のフランコさん(左)とロレンツォ君。レストアはまだまだ続く。
T3といえば、先日走ったアウトストラーダA1号線「太陽の道」でも、複数台目撃した。
それらはエアコン未装着らしく、窓は全開だった。中に乗るドライバーやパッセンジャーを覗くと、髪の毛が走行風に乱されて、くしゃくしゃになっている。
![画像: 「太陽の道」で。スイスナンバーの車。リアに貼られた国旗のいくつかは、T3で訪れた国々か。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/74c022cd13054713f597f9c17d2f9c30092c048e_xlarge.jpg)
「太陽の道」で。スイスナンバーの車。リアに貼られた国旗のいくつかは、T3で訪れた国々か。
![画像: こちらはドイツから。ウェストファリアのクラブ・ジョーカー仕様。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/44abbf88038992851ea13333634cd4da35467f77_xlarge.jpg)
こちらはドイツから。ウェストファリアのクラブ・ジョーカー仕様。
それでも彼らは、きまって笑顔だ。仏頂面をしたオーナーが操る高級車が到底発し得ない幸福のオーラを周囲に漂わせている。
長年のフォルクスワーゲン愛好家にとってT3は、まだ昨日のようなモデルかもしれない。しかし、ロレンツォ君のように、すでにT3とストーリーを織りなし始めた世代がいる。彼らこそが、フォルクスワーゲンカルチャーを明日に繋いでゆくのである。
![画像: リヴォルノの運河にて。](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783350/rc/2020/08/05/82cd45bac9e02842c9bb8b641702960e64fe640b_xlarge.jpg)
リヴォルノの運河にて。
(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)