2015年、塩見 智の「8speed.net」1本目は、フォルクスワーゲングループにいくつか存在する頂点のひとつであるハイブランド、ベントレーの話題。久々にフラッグシップサルーンのミュルザンヌに試乗しました。
美しい。ただただ美しいサイドビュー。ま、全長5575mmと実際にえらく長いので伸びやかなのは当然なのですが。こう見えて21インチタイヤ&ホイールですからねコレ。ボディがでかすぎてそう見えませんが。

ミュルザンヌはフルサイズの4ドアサルーン。お値段3500万円から。この手のクルマはベースモデルにいろいろと注文して自分好みに仕立てる人も少なくないでしょうから、街を走るミュルザンヌのほとんどはもっともっと高額だと思われます。

ホテルのエントランスで運転席に乗り込みます。乗り込む際、ドアマンがドアを開けてくれていたので気付くことができなかったのですが、閉めようと自分の方へ引き寄せてみるとこれが重い。ズッシリ。静かに閉めると車内は一気に静寂に包まれます。試しに「あー」とか「うー」とか言ってみましたが、自分の声はフロアの分厚いカーペットや絶妙に柔らかく心地よいレザーシートに吸収されるのか、全然響きません。

スターターボタンを押してエンジンを始動させると、一瞬、風が吹いて車体がかすかに動いたかなかな? って程度に揺れますが、それだけ。始動音はほぼしません。それ以降のエンジン音は、ほとんど聞こえないんじゃなく、まったく聞こえないといっても過言ではありません。

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シートとステアリングホイールを動かしてドライビングポジションを合わせます。Dレンジに入れ、アクセルペダルをゆっくりと少しだけ踏むと、アイドリング中には600rpmだったエンジン回転数が1500rpmくらいまで上がり、同時にクルマがゆっくり動き始めます。これこれ! これ以上に上品な発進を僕は知りません。

よく「電気自動車は静かだ」なんていわれますが、ミュルザンヌのほうがよっぽど静かですからね。エンジン音はクルマが発する音のほんの一部であって、どこかがきしむ音、何かと何かが干渉して発生する音、ロードノイズ、風切り音......クルマは走行中、あらゆる部分から音を発します。ミュルザンヌはそのほとんどをシャットアウトしているわけです。

ミュルザンヌは巨大ですが、(そう使ってもまったく問題ありませんが)ショーファードリブンではなくドライバーズサルーンです。従ってステアリングホイールは適度に重く、路面からの情報も(幾重ものオブラートに包まれた上で)きちんと伝わってきます。でもステアリングのギア比は結構スロー。車庫入れというこのクルマに最も似合わない作業をするとしたら、右へ左へ結構回すことになるでしょう。

今回のテスト車は濃淡グレーが組み合わせられたデュオトーン。お値段はプラス132万2000円となります。デュオトーンを選ぶオーナーは少ないとか。選ぶと待たされるでしょうし、なによりセンスが問われますからシンプルに1色で買う人が多いのも理解できます。

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デュオトーンを選ぶと途端にクラシカルな雰囲気を漂わせるようになりますね。ちなみにラゲッジスペースは確認したものの、写真を撮り忘れてしまいました。フライングスパーのように引っ越しできそうに広いわけではありませんが、十分なスペースが確保されていました。

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光の効果で部分的に鈍く光るフロントグリル。向こう側だけ見ると焼き網みたいに見えますが、手前側を見ればわかるように、斜めに切れ込んでいるわけです。

そして、見てください、このピシっとしたフロントフェンダーの峰を。まるでズボンプレッサーから出したばっかりのスラックスのよう。金がかかっているのはこのあたりです。これをじっと見てから自分のクルマのプレスラインをチェックしてみてください。絶対こんなにパキッと折れ曲がってませんから。

150204-Shiomi-2-4 グリル.jpg150204-Shiomi-2-5 フェンダー.jpg
私が勝手に"波動砲"と呼ぶミュルザンヌのヘッドランプ。いくつものLEDが埋め込まれています。これを見ればわかるように、ヘッドランプがこんなに大きな形である必要性はもうまったくなく、あくまでデザイン上の理由であることがわかります。

ホイールは265/40ZR21サイズで、DUNLOP SP SPORT MAXX GTとの組み合わせ。銘柄は勇ましい系のタイヤのように思えますが、乗るとしっとりしていていい感じでした。

150204-Shiomi-2-6 ヘッドライト2.jpg150204-Shiomi-2-8 ホイール.jpg
150204-Shiomi-2-9 マリナー.jpg「MULLLINER」の文字発見。マリナーとは1960年代にロールス・ロイスが買収したコーチビルダーの名前。今ではベントレーの仕様のひとつとしてその名が用いられています。テスト車には「マリナー・ドライビング・スペシフィケーション(228万4000円)」と「プレミア・スペシフィケーション(161万1100円)」というパッケージが装着されていました。
インパネは、手で触れられる部分はほぼすべてウッドかレザー、もしくは金属ではないでしょうか。運転席、助手席、後席とどこに腰掛けたとしても、永遠にその場を離れたくなくなる居心地のよさ。カーナビが備わっていないわけではなく、スイッチを操作するとセンターパネル中央の一部が反転して出現します。チェストナットは65万3300円のオプション。

ATセレクター周辺は各種スイッチが並び、現代的。手前左は乗り心地を「コンフォート」「B(スタンダード)」「スポーツ」「カスタム」から選ぶダイヤル。

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シンプルなメーター。スピード、回転ともにゼロの位置は昔のベントレーからの伝統。中央を見て「やっぱり燃費悪いんだな〜」と思った方もいらっしゃるでしょうが、これは撮影でアイドリング時間が長かったため。普通に都内を走るともっと全然よくて3km/L台後半です!

リヤシートは左右独立してリクライニングできるタイプ。レザーの色と異なるステッチが入る「コントラスト・ステッチ」は25万7800円のオプション。
 
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後席用のミラー。左は顔の一部ではなく全部を映すことができるバニティミラー。右は謎のミラー。もみあげをチェックするためのものか?

150204-Shiomi2-14 バニティミラー.jpg150204-Shiomi2-15 ミラー.jpg
分厚いピクニックテーブルは35万800円のオプション。載っているのはオーディオ用リモコン。

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さて、このクルマを買おうかと思っている人がいるとします。そういう立場の方は自動車雑誌やウェブサイトを参考にしてクルマを選んだりはしません。そういう方々のもとにはクルマに限らずそれにふさわしいオファーが向こうからやってくるようになってますから。だから私がミュルザンヌに乗ってああだこうだ言うことに社会的な意味はほぼありません。わずかにあるとしたら、今これをご覧になっている貴方が私と一緒に「へ〜こういう世界もあるんだな」とため息をつく機会を提供できることくらいでしょうか。

ただし、私自身にとっては"最高を知っておく"という重要な意味があります。ミュルザンヌの域に触れているからこそ、どこかのメーカーが「今度の新車はプレミアムに仕立てました!」と叫んだ際に「それはプレミアムではなくプレミアム風だ!」と指摘することができるのです。実際にはそんなにはっきりとは指摘しませんけど。なので、機会を得られれば今後も試乗します。

そろそろミュルザンヌのキーを返す時間がやってきたようです。その日イチローが入団会見をしていたホテルでキーを返し、約600m歩いて永田町駅へ。改札でパスモをピッとやって有楽町線に乗りました。つり革につかまってふた駅分も揺られた頃にはすっかり現実に戻っていましたとさ。

(Text by S.Shiomi)

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