フォルクスワーゲンブランドのCEOを務めるトーマス・シェーファー氏が、日本の自動車メディア関係者とオンライン・ラウンドテーブルを実施。現在取り組んでいる「Love Brand」をはじめ、EV(電気自動車)シフト、そして次期型「Golf」について話を聞いた。
“Love Brand”で愛を取り戻す
2022年7月1日、フォルクスワーゲンブランドのCEOに就任したトーマス・シェーファー氏は、新戦略「Love Brand」を掲げて新しいブランドづくりを目指してきた。
その取り組みについては、2023年に来日したイメルダ・ラベー氏(営業・マーケティング・アフターセールス担当取締役)や、IAAで「ID2.GTI Concept」を発表したアンドレアス・ミント氏(フォルクスワーゲン デザイン責任者)へのインタビューでレポートしている。
そしてこのたび、CEOのトーマス・シェーファー氏に、直接話を聞く機会を得た。
まずは「Love Brand」戦略を始めた動機について、シェーファー氏はこう語る。
フォルクスワーゲンは、幅広い層の皆さまに愛される魅力溢れるブランドですが、私がフォルクスワーゲンに入社したときには、ブランドの温かみが欠けていると感じました。あまりにもテクノロジーに走り過ぎているように思えたのです。そこで、もう一度皆さんから愛されるブランドになるため、すなわち愛を取り戻すために、お客様にフォーカスした取り組みを始めることにしたのです。
具体的には、品質をより良いものにしたり、お客様へのサービスを向上させたり、デザインやユーザーエクスペリエンスを見直したり、シンプルなテクノロジーを使ったりすることが含まれます。広告宣伝や、私どもがお客様にどう訴えかけるか、どう語りかけるかというところも、いままでは少し温かみが欠けていたので、より人間味のある温かいかたちで進めていきたいというのが「Love Brand」です。
これまでどのような取り組みを行ってきたのか。
まずは商品から「Love Brand」の長い道のりを始めました。理想的なポートフォリオを確立するためにはどのモデルでどういうデザインをしたらよいかを一番最初に考えました。ブランドとしても認知されなければいけないし、モデルごとにはっきりとしたキャラクターがなければならない。100m離れていても、一目でフォルクスワーゲンだとわかり、しかも、GolfならGolfとすぐにわかるようなデザインです。そのために、私どもは新しいデザインランゲージを取り入れました。2023年に発表した「ID2.all」は新しいデザインランゲージに則っています。
体系的なユーザーエクスペリエンスを提供することも課題にひとつです。画面を大きくしたり、ボタンを使いやすくしたりといったことを、改良版のID.4で行いました。
商品に関する部分についてはすでに100%、お客様にフォーカスする態勢が整いました。新型「Tiguan」や「Passat」といったモデルで、目に見える形でそれが現れていますので、そういった新型車を見ていただくと、Love Brandの意味がより明確におわかりいただけるでしょう。
続いて、マーケティングや広告のやり方を変えるという段階に入りました。これまでフォルクスワーゲンの広告というと、実際にいないような人が出てきていて、お客様に違和感があった。そこで、もっと親しみが感じられるような、自然で普通の人を広告で使うようにしたのです。
さらにフォルクスワーゲンの社員に対して、世界中で誰からも愛されるブランドであることを再認識し、団結を図る手助けをしています。「Vintage Rally」を開催したのはその良い例です。
揺るがぬ“Future is electric”
EVシフトに陰りが見られるといわれていることに対して、フォルクスワーゲンは戦略の見直しを行うのだろうか。
アメリカ、中国、ヨーロッパ、日本、韓国と、国によってEVシフトへのペースがかなり異なりますし、国ごとに法律も違います。国によって早い遅いは出てきますが、エンジン車とEVの2本柱で進めていく時期がしばらく続くでしょう。
新しいPassatとTiguanについてはバッテリーだけで100km走行できるPHEV(プラグインハイブリッド車)を用意しておりますので、私どもがPHEVの技術をちゃんと持っていることはおわかりいただけるでしょう。
ただ、未来は電気、“Future is electric”というのははっきりしています。最終的にカーボンフリーのモビリティを達成しようとすれば、これはEVかFCV(燃料電池車)しかないと。ほかにも技術はあるかもしれませんが、ボリュームセグメントを担うフォルクスワーゲンに限ってはEVしかないだろうと思うのです。
フォルクスワーゲンのEVをユーザーに選んでもらうには何が必要か。
良い商品、エキサイティングな商品を望んでいるお客様に対しては、その部分はフォルクスワーゲンはすでにできていると思います。魅力的なラインアップが揃っていますし、日常使いができて、航続距離が長く、急速充電も可能です。課題は手の届く価格で出せるかどうかです。これについてはコストの管理を徹底して行います。私どもはスケールメリットがあります。原料や価格の核になるのはバッテリーですが、サプライチェーンが鍵になります。ここをコントロールするのが重要ですが、さいわいにも私どもはサプライチェーン全体を管理できます。
EVのコストの約4割はバッテリーですが、フォルクスワーゲングループは「PowerCo」という自前のバッテリーセルの工場をスペイン、ドイツ、カナダに持っていますので、最新のテクノロジーのコストコントロールもある程度できる強みを持っています。
EVの拡販には新たなエントリーモデルが必要になるのだろうか?
EVを商品化するうえでは、まず大きなクルマから手がけるのが一番の方法です。バッテリーが大きいし、コストもかかるので、どうしても大きなクルマから始めることになります。ヨーロッパではEVはある一定程度まで普及したと思いますが、そうなると次によりエントリーモデルの需要が高まっていくので、フォルクスワーゲンでは「ID.2all」というモデルを25,000ユーロの価格帯で発売する予定です。発売は2025年末から2026年になる予定です。しかしそこで終わりではなく、さらに安価な20,000ユーロ代のEVの開発にいまフォーカスしています。フォルクスワーゲンというブランド名である以上は、誰もが買えるEVを開発する使命を負っていますので、エントリーモデルの開発を今後も引き続き行ってまいります。
EVとエンジン車の併売はいつまで続くのか。
ヨーロッパでエンジン車の販売を終えるのは2030年代のはじめくらいになると思います。他の地域ではそれよりも後になるでしょう。それまではエンジン車もしっかりリフレッシュしなければならいないと思っています。いまは過渡期ということで非常に難しい時期です。つまり、エンジン車やハイブリッド車をもちながら、SDVの開発やバッテリーセルの改良もしなければなりません。これからの3〜4年というのが自動車メーカーにとって本当に重要な時期になると思います。いろいろなことを同時にやらなければなりませんので、経営資源をバランス良く配分しなければならないのは大きなチャレンジです。
1年前、フォルクスワーゲンはエンジン車に投資しすぎるのではないかと批判されたこともありましたが、いまやそれが強みになっているんですね。この2本柱、つまり、EVとエンジン車の2本柱の戦略はうまく機能していますし、むしろ素晴らしいと褒められることも増えてきました。今後10年くらいはEVとエンジン車を両立させていかなければならないと思っています。選ぶのはお客様ですから、お客様のニーズにあう商品を引き続き提供していきたいと思っています。
EVシフトとLove Brandをいかに両立させるのだろうか。
カスタマーエクスペリエンスに尽きると思います。私どもの役割は新しい技術とお客様とをつなぐことですので、クルマのなかで必要とされるものをお客様に提供したい。それはたとえば航続距離であったり、充電のスピードであったり、インフォテインメントであったり、安全性であったり、ドライバーアシスタンスであったり、いろいろなものがあります。一方でそれらがお客様を混乱させたり、運転の邪魔をしたりしてはいけないと思います。私どものクルマによってお客様がよりよい生活ができるよう私どもは目指していますし、それこそが差別化の要因だと思っています。
航続距離はこっちのブランドのほうが長いよねとか、搭載しているレーダーはこっちのほうがいいよねということはあるかもしれませんが、結局はトータルのパッケージングとして良いものでなければならない。それによってお客様が「とても気分が良い」と思っていただけないと、それは完璧とはいえませんので、目指すところはそこだと思います。
また、「ID.GTI」が良い例ですが、フォルクスワーゲンは「Golf」「GTI」「R」といったヘリテージをたくさん持っていますが、昔のヘリテージをそのままEVに置き換えるのではダメだと思うんです。「ID.Buzz」がそうですが、見て古くささがないでしょう。たくさんの人に愛されているGTIをそのまま未来のEVに移植したらいいかというと、そういうことではないと思うのです。大切なのは、運転性能、タッチアンドフィール、ユーザーエクスペリエンスなど、DNAのどの部分をEVに移植するか、どう解釈してEVに移植するのかという部分だと思います。取捨選択してEVに移植するのが大事なことだと思います。
Golf9はEVに生まれ変わり2020年代終わりに登場
ゴルフの今後については、どう考えているのだろうか。
今年、日本にGolf8.5を投入いたしますが、これは過去最高のGolfといっても過言ではありません。PHEVなら電気だけで100km走れますし、インテリアも最高のクオリティを誇ります。このような素晴らしいクルマが、モデルサイクルを考えるとこれから2〜3年は続くということになります。
そして2020年代の終わりに、次期型Golf(Golf9)を投入する予定です。Golf9はSSP(Scalable Systems Platform)プラットフォームを採用するEVで、プロポーションもパフォーマンスも、本物のGolfに仕上がるはずです。Golfじゃないクルマに名前だけGolfとつけても意味がないですからね。
これからもGolfはフォルクスワーゲンの主力モデルであり続けるのか。
今後もGolfがブランドの中核であることは変わりありません。台数だけでみればTiguanのほうが販売台数は多いのですが、フォルクスワーゲンというブランドを見た目や雰囲気、バリューで一番良く体現しているのはGolfだと思います。それだけにGolfの重要性は今後も変わりません。
引き続きこれからもGolfを核とした展開を続けるというシェーファー氏。EVに生まれ変わるGolfがフォルクスワーゲンらしさをどう表現するのか、いまから登場が楽しみである。
(Text by Satoshi Ubukata)