アウトモトレトロ
「アウトモトレトロ」は、イタリアを代表するヒストリックカー・イベントのひとつである。1983年の第1回以来北部トリノを舞台としてきたこの祭典、2013年大会は3カ月前に開催地が突然変更になった。背景には、従来のメッセ会場の賃貸料が一気に30万ユーロ(約4280万円)も値上がりしたことがあった。急遽決定した代替地は240キロメートル東の街パルマ。出展者の繋ぎ止めに奔走したオーガナイザーは「今年はクリスマスも正月もなかった」と振り返る。幸い彼らの努力あって、記念すべき第40回アウトモトレトロは2023年3月4日と5日に無事公開された。参考までに、彼らにとって、もうトリノに未練はないようだ。2024年も引き続きパルマでの開催を決めている。
3月3日のプレビューに筆者が訪れてみると、会場にはトリノ時代と同様、さまざまなショップによるブースが展開されていた。展示車には、さまざまなフォルクスワーゲン(VW)も発見できた。なかでも“女王”はトランスポーターだ。レトロムード溢れるT1、T2とともに、日々の実用性という観点から人気のT3も数々出品されている。
かつて軍用仕様も造られた「タイプ181」も発見した。新車当時イタリアでは、釣りpescaと狩猟cacciaの造語である「ペスカッチャPescaccia」というローカル名称とともに販売された。生産終了後ちょうど40年が経過した今日でも、この国のファンの間ではペスカッチャと言うほうが手っとり早い。
あるVWスペシャリストは、アウディの先祖のひとつ、NSUによるリアエンジン車「プリンツ4L」も持ち込んでいた。フラットデッキ・スタイルの立派なボディをもつが、排気量は日本の軽自動車よりも少ない598ccである。1971年式・書類完備で、7500ユーロ(約110万円)のプライスタグが付けられていた。
真面目な奴のジョークのほうが
アウトモトレトロには同時開催の「アウトモトレーシング」というイベントがあって、こちらもすでに13回を数えている。ドリフトをはじめとする屋外ライブ・パフォーマンスのほか、チューニングやドレスアップの展示が展開されている。
今回そこでひときわ目立ったのは、VWをベースにした車両たちである。理由を聞くべく筆者が訪れたのは、北部バッサーノ・デル・グラッパを本拠とする「ゴールデン・ガレージ」というラッピング業者のブースだった。
スタッフは、こう即答した。「VWは耐久性が優れているからです」。そして施工例として展示されているゴルフ5 1.4のドアを開けた。「2006年の1.4ガソリン仕様です。走行距離は24万7千キロです」。それなりの手入れがなされているとはいえ、17年落ちにしては内装のヘタれが少ない。インパクトやルックス重視と思われがちなチューニング&ドレスアップ派も、見るべきところはきちんと見ているのだ。
スタッフは続ける。「第2の理由は、ワンメイクのイベントに参加できることです」。VW専科の催しはイタリア各地で数多く、これも人気を後押ししているのである。
説明を聞いて納得した筆者だが、実はもうひとつ、VWをベースにする理由を発見した。何か?といえば、ある時期までのモデルが発する、独特のムードである。
それを説くには、ヴェネツィア郊外の「ディッカーズ」が手掛けた初代ゴルフが好例である。車体は限りなくノーマルであるばかりか、あちこちに錆が浮いたままだ。ただしエンジンルーム内の改造がすさまじい。ターボチャージャーが追加され、ギアボックスはアウディTT用に換装されている。ケーブル類はこのショップの流儀にしたがい、一切隠すという徹底ぶりである。
さらに筆者がしびれたのは、他のブースにあった2代目ジェッタ1.3である。塗色は2代目ゴルフ/ジェッタの時代に、最もおじさんっぽかった「ネヴァダ・ベージュ」だ。フロントフェンダーの、グレード名を表す「CL」といったバッジも敢えて残されている。にもかかわらず、BBSのホイールやステアリング、レカロのシート、さらにはロールバーで武装されている。
冗談というものは、日ごろから連発している、いわゆる陽キャな人よりも、普段あまり口にしない地味な人が突然発したほうが効き目がある。同様にVWも、家庭ムード溢れる、いわば「ダサかっこいいモデル」を過激化したほうが、より観者に与える衝撃が強い。そうした意味でもVWのチューニングカーは、まだまだ人気が出ると筆者は読んだのである。
(report & photo 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)