【Auto Bild】悲運のラグジュアリーサルーン 2代目「Phaeton」

フォルクスワーゲンのラグジュアリーサルーン「Phaeton（フェートン）」の誕生から20年が経過した今年、2代目Phaetonのプロトタイプを見るチャンスが訪れた。その開発ストーリーと、2代目Phaetonを襲った悲運に迫る。

※この記事は「Auto Bild JAPAN Web」より転載したものです。

このクルマはPhaetonの2代目となるはずだった。しかし、その後、すべてが違う方向へ向かって行き、世に出ることはなかった。その後、9年のときを経て、われわれは初めてその姿を見ることができた。

本来なら、われわれはこのクルマにはとっくに見慣れているはずだった。しかし、われわれはこのクルマを見ることができず、その存在すら知らなかった。今までは……。

ブラウンシュヴァイク空港で見ることができたのは2代目 Phaetonのプロトタイプ。製造年2013、8気筒、4シート、前席の後ろに大型スクリーンが付いている。

Phaetonの後継モデルは生産されなかった

20年前、フォルクスワーゲンはラグジュアリーリーグに参戦した。2002年から2016年まで、ドレスデンに特設された「フォルクスワーゲンのガラス張りの工場」で、84,235台（驚くほど多い）のPhaetonが生産され、ラグジュアリーサルーンのショートホイールベースモデルは全長5.06m、ロングホイールベースのものは5.18mであった。

このクルマを理解するために、まずその電動シートアジャストシステムをじっくり見てみよう。革シートの下にある小さなボタンの枠を、プラスチックではなく金属でつくっているのだ。無垢から削り出したようなクルマ、メルセデスに対する宣戦布告みたいなクルマ。フォルクスワーゲンが決して生産を許さなかったフェートンの後継車、実は当初の計画はかなり異なっていたのだ。

Phaeton 2は、繁栄と幸福の香りを漂わせている

ここで紹介するクルマは、ブルーグレーのダークペイント、265/35R21の太いタイヤ、クリーム色のレザーインテリア、たくさんのリアルウッドなど、富と幸福の香りがする、優雅なクルマだ。

技術的なベースは4L V8ガソリンエンジンを搭載した「Audi A8」で、視覚的なアイキャッチについては、このクルマのデザイナーが説明してくれた。

トーマス・バチョルスキー（51）とマルコ・パヴォーネ（44）は、とても気さくな男たちだ。トーマスは2009年からインテリアの責任者を務め、マルコは2017年からエクステリアを担当している。2013年、彼らは新型Phaetonの提案で勝利を収めた。

「インテリアとエクステリアでそれぞれ4つのデザインがありました」とトーマスは語る。偉大なるジョルジェット・ジウジアーロ（83歳、1974年からゴルフ1、シロッコ1をデザイン）がそのうちの1つ、現アウディのチーフデザイナー、マルク・リヒテ（52歳）がそのうちのもう1つのデザインを手がけたといわれている。

フォルクスワーゲンの2人のデザイナーが表彰される

ウォルフスブルクのフォルクスワーゲンデザインセンターの大ホール「ヴァルハラ」に、ピエヒ監査役会長、フォルクスワーゲンのボス、ヴィンターコルン、その他の役員、部門長、総勢25名ほどが集まった……決断の日はこんな感じだったのだろう。

彼らは静かにスタディモデルのまわりを歩き、見て、比べて、近づいて、一歩下がって、すべてを把握する。そして、これらのデザインの内側と外側を観て最終決定が下される。バチョルスキーとパヴォーネのデザインは称賛に値するものだった。

フォルクスワーゲンのデザイン責任者であるヨゼフ・カバニ（49歳）は、クルマの前に立ち、尊敬の念を込めてうなずき、シルエットを眺めて、「このクルマはやはりとても魅力的に見える、いいプロポーションで、好感の持てる外観だ」と評した。「前だけ鮮度が落ちている」という注文つきで。この10年近く前のデザインが、彼の心を揺さぶったのは、まさに、「目に見える価値、目に見える品質」だった。

価値、品質。20年前、フォルクスワーゲンがラグジュアリーリーグに参入するためには、これらは重要な課題であった。しかし、結局は、Phaetonは「Passat」に、大型SUVの「Touareg」は5年後に弟分の「Tiguan」に道を譲ったのだった。

Phaeton 2に搭載された巨大な曲面デジタルランドスケープ

10年前、トーマスとマルコが2代目Phaetonの開発に取り組んでいたとき、彼らはすでに自分たちのデザインが道路を走るのを夢見ていた。「フォルクスワーゲンの歴史を書きたいんですね。毎日目にする特別なものをつくりたいという絶対的な意志が常にある」と、インテリア専門家は熱意を込めて語った。

2010年の時点で、スマートフォンやタブレット端末の画面がどんどん大きくなっていくことは、すでに予見されていたことです」とトーマスは説明する。「だから、クルマでも同じはずです。そしてもちろん、直感的にアイコンを押したい、そうすればリアルタイムで何かが起こるはず、それはタブレットでも同じことです」。

デジタルスピードメーターを批判する人たち

しかし、ここではフォルクスワーゲンの話をしているのだ。つまり、デザイナーやエンジニアと違って、今日や明日ではなく、昨日や過去を生きる批評家の話でもあるのだ。そうして、ちょっとした逸話が流れた。オフ時のデジタルコックピットには計器類がなく、画面だけなので、「スピードメーターの上限の数字が260までなのか300までなのか、ディーラーではわからない！」といわれたこともあるそうだ。

そして、トーマスはフェートンのパーフォレイテッドレザーシートを指差す。「穴の開き具合が違うのは、凝っているんです。ちょうど、個々のシートの背もたれにフェートンの文字があるようなものです。ミルドレターで、ひとつひとつ縫い付けられています」と説明してくれた。

温度調節機能付き電動格納式カップホルダー

リアルウッドのセンターコンソールにはカップホルダーがあり、初代は手と反力でカチッと下に移動させることができた。第2世代では、これを電気的に行い、水を冷やしたり、コーヒーを温めたりすることができるようになっていた。また、シートはヒーターとベンチレーションが備わり、パーフォレーションレザーを採用している。

しかし、事態は急変する。フォルクスワーゲンで大地が揺れたのは2015年のこと。ディーゼルゲートにおいてフォルクスワーゲンが不正を行ったことを認めざるを得なかったボス「ウィコ」、辞任、調査、罰金、フォルクスワーゲンの純粋な恐怖。そしてみんなに恐怖が。

そして、実は開発生産が決まっていたPhaetonに悲劇の終焉が訪れる。2015年という運命の年に、わずか2,924台しか製造されなかった内燃機関搭載のプレミアムリムジンに「ダメだ！」という上からのお達し。彼らは開発を断念し、プロジェクトはその時点で終了となった。

とはいえ、この新型Phaetonコンセプトカーの取り組みは無駄にはならなかった。「2018年の3代目Touaregのために、湾曲したデジタルコックピットを保存することができました。今日のテスラにはかなり似ています」とトーマスは笑いながら教えてくれた。

フォルクスワーゲンは、細部へのこだわりを取り戻した

例えば、Phaeton専用のアプリを使えば、リモートコントロールでプレクールやプレヒートを行うことができるという話は、他の新型車に生きている。

「私たちの仕事の性質上、ノーといわれながら生きていかなければならないこともあるのです」とカバーニは講義する。しかし、このノーには、イエスのようなものもあった。それは、フォルクスワーゲンデザインの未来、価値と品質についてだ。つまり、Phaetonの上位にあったトピックを紹介したのである。

カバーニは2年前にフォルクスワーゲンに戻り、ディテールに対する愛情を注いでいる。また、表面品質が重要であること、プラスチックも良い感触であること、ガラス製のスクリーンはプラスチック製よりも美しく見えること、コントローラーに耐えられることなどを認識しつつニューモデルの設計開発に携わっているという。

忘れ去られた2世代目のPhaeton。それでも幸いなことに、完全に忘れられてはいなかったようだ。

(Text by Andreas May / Photos by Volkswagen AG)