ある日、わが街シエナで街道沿いの駐車場を見ると、黄色い屋根の移動販売車を発見した。2021年12月の本欄で紹介した屋台「ニャーモ」のオーナー、ジュリオ君(1981年生まれ)が街に帰ってきたのだった。本格的な温泉シーズンがふたたびやって来るまで市内で営業するらしい。本人によると、昼どきはオフィスがある一帯で昼ごはん需要を狙い、午後は放課後の子どもたちがいる学校周辺でおやつを提供するのだという。

画像: ランチタイム、近くのオフィスの人たちが次々と屋台にやってきた。

ランチタイム、近くのオフィスの人たちが次々と屋台にやってきた。

帰ってきた黄色い屋台

「おかえり」ということで、本日のおすすめメニューを聞く。ジュリオ君は、「ドンツェッローネ(Donzellone)」という。通常ドンツェッレ(donzelle)とは揚げ菓子を指す。だが、「巨大な」を意味する接尾語「one」が付いているので、巨大なドンツェッレということになる。いったい、どのような食べ物なのか。

筆者が注文するないなや、ジュリオ君は透明のプラスチック製食品容器からパン生地を取り出した。そして、麺棒で丁寧に延ばし始める。さすが元ピッツァ職人。狭い移動販売車でも手際がよい。延ばしたらナイフで短冊状にし、フライヤーで揚げ始めた。

キツネ色に揚がったら上下に切り、ストラッキーノ・チーズを塗り、モルタデッラ・ハム(ボローニャ・ソーセージ)をはさんで出来上がりだ。

これは、もはや菓子などではない。軽食だ。パンのカリカリ加減と、チーズの柔らかさが絶妙なハーモニーが心地良い。「ばあちゃんから教わったレシピだよ」とジュリオ君は誇らしげに教えてくれた。

価格は5ユーロ。円安のご時世、換算すると約700円とやや高めになってしまう。だが、ファストフード店では、ありきたりのセットが平気でその倍はする。そのうえ少食の筆者などには、女房と半分ずつ食べても満腹になってしまうボリュームだから、コストパフォーマンスはさらに高い。

なにしろ客の注文を受けてから捏ね、焼き上げてくれるのが嬉しい。筆者が「うまい、うまい」と騒いでいるのを聞きつけたのか、近所のオフィスから次々と昼休みの人たちが押し寄せた。かつてこの街は、家に一旦帰って昼食をとる習慣があったが、近年は帰らない人が増えてきたので、こうした屋台は福音であろう。

拡張が楽しみな玄人志向

ところが脇を見ると、ピッツァ職人時代から乗っていたという、例の青い2002年「フォルクスワーゲン・ポロ」がない。代わりにあるのは、同じフォルクスワーフェンでも「T4トランスポーター」つまりヴァナゴンである。同シリーズ初の水冷フロントエンジンとなったモデルだ。さらに詳しくいえば、ノーズが延長された後期モデルである。

2010年式で、ボディタイプは窓無しの、いわゆるパネルバンだ。限りなくプロっぽい。フロントフェンダーには、イタリア法人によるトランスポーター誕生50周年記念ステッカーが貼られている。

22年落ちにしては程度が良い。ところで前回、温泉場で会ったとき「次も必ずポロにする」と言っていた彼だが、どのような心境の変化が? するとジュリオ君は、「内部で寝泊まりできるよう、改造するつもりなんだよ」と夢を語ってくれた。

中を覗かせてもらうと、調理用の材料やら道具に混じって空気式マットレスこそ積まれていたものの、まだ“準備中”だった。しかしながら完成の暁には、彼の息子も喜びそうだ。

ジュリオ君は手作りキャンピングカーで行動半径を広げ、各地で屋台を営業したいという。すでに、イタリア国内各地のイベント会場などに出張を始めた。

そして、こう語った。「この仕事はね、EU(欧州連合)加盟国のどこでも営業できるんだよ」

トランスポーターは、世界進出計画の秘密兵器だったのだ。

「ということは、極寒のフィンランド最北端でも営業する気があるのだな」と筆者が冗談を言うと、ジュリオ君は「もちろん」とうなずいた。

画像: これからどのように内装が変化を遂げるのか、今から楽しみである。

これからどのように内装が変化を遂げるのか、今から楽しみである。

ファイトさえあれば国境を越えて働ける。EU圏の国民というのは、なんとも羨ましい。同時に、夢多きノマド・ワーカーを支えるフォルクスワーゲン・トランスポーターが頼もしく筆者の目に映った。

まもなくイタリアにはアルプス以北の国々から、ヴァカンス客が運転するVWトランポーターのゴージャスなキャンピングカー仕様が次々押し寄せるだろう。だが個人的には、ジュリオ君の人生の拡張性を後押しする“玄人志向”バージョンこそが、最も輝いて見えるVWトランスポーターなのである。

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

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