たとえ実力があっても人々の記憶から消えてしまった歌手やタレントを妙に憶えている筆者にとって、フォルクスワーゲンでそれに相当するモデルといえば「Fox」だ。

画像: 「up!」の偉大なる前座「Fox」

ブラジルからヨーロッパへ

Foxは、2005年4月からヨーロッパで販売が開始された小型車である。生産はフォルクスワーゲンのブラジルのサン・ジョゼー・ドス・ピニャイス工場による。

最初に説明しておくが、フォルクスワーゲングループにおいてFoxの名称は、一部市場においてモデル名もしくはバリエーション名としてたびたび用いられてきた。ここでは、2003年にブラジルで発表されたセグメントA、つまりシティカーサイズのモデルを指すことにする。

ヨーロッパ市場でフォックスは、それ以前にフォルクスワーゲンブランドのエントリーモデルとして存在していた3ドア車「Lupo」の後継車として導入された。Lupo(イタリア語でオオカミ)からFox(キツネ)に切り替わったことになる。

画像: フォックスのインテリアデザインは、上位車種のポロと比較して遜色がなかった。

フォックスのインテリアデザインは、上位車種のポロと比較して遜色がなかった。

全長×全幅×全高は3830mm×1660mm×1540mmで、Lupoよりもひとまわり大きかった。エンジンはガソリンが1.2Lおよび1.4L、ディーゼルは1.4Lがラインアップされていた。加えてイタリアなどでは市場の要請に合わせて、Lupo時代には無かったLPG/ガソリン併用の1.4Lも用意された。

3ドアのみだったが、後席は分割可倒式で一部グレードでは前後に15cmスライド可能だった。また、260〜1016Lにまで拡大できるラゲッジルーム容量も大きなチャームポイントだった。

画像: ESPは欧州連合によって義務付けられる前から装着していた。

ESPは欧州連合によって義務付けられる前から装着していた。

フォルクスワーゲンファミリーの一員+低価格

当時欧州におけるテレビCMでは、まがうことなきフォルクスワーゲンファミリーであることのアピールが行われた。たとえばドイツでは、歴代フォルクスワーゲンを次々紹介したあと最後にFoxを登場させるという手法で、「Echt Volkswagen(本物のフォルクスワーゲン)」というキャッチが用いられた。どの程度のユーザーが南米製であることを知っていたかは明らかではない。だが、ヨーロッパ製でないことへの不安を払拭しようとするブランドの腐心が窺えた。

そうしたキャンペーンと並行して、プライス的アドバンテージも強調された。イタリアでは2007年の広告で「エアコン付きのFoxが8900ユーロから」といったキャンペーンが展開された。当時イタリアでコンパクトカーは、まだエアコンレスのモデルがあった。加えてフィアット・パンダの価格は約8000ユーロであったから、フォックスの価格はそれなりに訴求力があった。

しかしながら筆者の視点からすれば、フォルクスワーゲンがフォックスを欧州市場に導入したのには、ある時代的背景があった。当時の労働コストが安い生産拠点からのグローバルカー導入ブームである。

その始まりは1996年のステーションワゴン「フィアット・パリオ・ウィークエンド」だった。南米工場製の同車は、充実した装備にもかかわらず、低価格(約11,000ユーロ:1999年)で顧客を引きつけようとした。2004年になると、ルノー・グループでルーマニアを本拠地とする「ダチア」から「ローガン」が7500ユーロというプライスタグを掲げて欧州各国で発売され、市場に衝撃を与えた。

フォルクスワーゲンも、そうした流れでブラジルからフォックスの欧州販売を決めたのは明らかだろう。

画像: スーパーマーケットの駐車場で。2021年11月に撮影。シティカーはイタリアで酷使されがちだが、概してフォックスは程度が悪くない。

スーパーマーケットの駐車場で。2021年11月に撮影。シティカーはイタリアで酷使されがちだが、概してフォックスは程度が悪くない。

その後フォルクスワーゲングループ内で、エントリーレベルはスペインの「セアト」やチェコの「シュコダ」に比重を置くようになっていった。そしてフォルクスワーゲンブランド自体は、一段上のグレードに舵を切ってゆく。

そうしたなか、Foxは2011年、「up!」にその座を譲るかたちでカタログから消えた。その後も南米では生産・販売が継続されたが、欧州におけるモデル寿命は6年と、フォルクスワーゲンブランドかつ同一ネームの車種としては短命であった。

画像: チェーン系ファッション用品店の前で。2022年1月。

チェーン系ファッション用品店の前で。2022年1月。

愚直の勝利

ただし筆者の周囲では今日でもときおり元気なFoxの姿を見かける。また本稿を執筆している2022年3月初旬で、ヨーロッパで著名な中古車検索サイト「オートスカウト24」では、最多価格帯は5000ユーロ(約64万円)を維持している。なかには2010年、つまり12年落ちであっても6500ユーロ(約83万円)という強気の出品もある。10年超のシティカーとは思えぬ堅実な人気だ。

前述のグローバルカーを売っていた各ブランドのセールスパーソンたちは、筆者が「ローコストなクルマ」というたび、「そうではない。バリュー・フォー・マネー性が高いクルマだ」と訂正したものだ。

だがそれを最も真面目に実践していたゆえに、Foxは今日でも中古車市場で支持を得ているのに違いない。姉貴分モデルに比肩する質感を提供したフォルクスワーゲンの勝利といえる。

画像: 景気回復の先行きが不透明な昨今、フォックスのようなちょっと古いコンパクト車種は、中古車市場で一定の引き合いがある。

景気回復の先行きが不透明な昨今、フォックスのようなちょっと古いコンパクト車種は、中古車市場で一定の引き合いがある。

つまりFoxは、新興国製にもかかわらずブランドの名に恥じないエントリーモデル役を果たした。up!の偉大な前座だったのである。

(文=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA/写真=Akio Lorenzo OYA, Volkswagen)

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