車もぐんぐん、宣伝費もぐんぐん
2021年3月29日、フォルクスワーゲンのアメリカ現地法人が企業サイトで「社名をVoltswagenof Americaに改称する」との内容を発表。翌日、エイプリールフールに先駆けた冗談であったことをドイツ本社が釈明した。
ただし、自動車メーカー各社が大胆な電動化を推し進める昨今だけに、数々のメディアが真実として報じてしまい、一時株価が上昇するなど予想以上の騒ぎとなったことから、単なるジョークでは済まないとの批判が噴出した。
それにちなんで今回は、筆者が住むイタリアにおけるフォルクスワーゲン・ブランドと広告のお話を少々。
まずは新車の売れ行きから。フォルクスワーゲンは新型コロナの先行きが見通せないイタリアでも奮闘している。2020年のブランド別新車登録台数では128,152台を記録。フィアット(211,297台)に次ぐ2位にランクインした。3位フォード(89,558台)とは大差をつけている(データ参照:Statista)。
フォルクスワーゲンの車種別トップ5は、T-Roc(24,805台)、T-Cross(23,121台)、ゴルフ(20,569台)、ティグアン(16,910台)、up!(11,254台)となっている。
とくに「Dセグメント」といわれるクラスではティグアンが首位、また「天然ガス/ガソリン併用仕様」の部でもゴルフが5,048台でトップとなっている。
実はもうひとつ、フォルクスワーゲンが意外なジャンルにおいて、イタリア国内ナンバーワンを維持している。それは「広告宣伝費」だ。市場調査会社ニールセンによると、フォルクスワーゲンが2020年に投じた広告宣伝費は9,940万ユーロ(129億円)にのぼり、その額は2年連続してあらゆる業界内の1位であった。
参考までに、2位はチョコレート「フェレッロ」の9,340万ユーロ、3位はパスタの「バリッラ」で8,540万ユーロだった。以下、4位が家庭用品の「P&G」、5位が化粧品の「ロレアル」、6位が通信事業の「TIM」と続く。
フォルクスワーゲンは2015年には3位、2016年には1位となり、以降上位グループの常連となってきた。
実はフォルクスワーゲンは宣伝費を2019年比で23%も削減している。しかしランキングにおける他の自動車ブランドは「フィアット」が4位から7位、「BMW」が11位から10位、「フォード」が14位から15位、オペルに至っては19位からトップ20圏外となった。フォルクスワーゲンの広告に対する力の入れ方がうかがえる。
ユーモラスなCM続々
イタリアの過去報道を振り返ってみると、2016年時点のフォルクスワーゲンはラジオおよび新聞広告に注力している。たしかに当時は、運転中ラジオを聴いていると、かなりの頻度でVWのCMが飛び込んできたものだ。
そう思って、今回の執筆を機会にラジオを聴いてみた。だが待っているとダメなもので、早々にフォルクスワーゲンの広告が流れない。
ふと思いつき、手元にあるタブレットコンピューターのスイッチを入れると、たちまちフォルクスワーゲンの広告が、記事を覆うように現れた。
それは地元販売店の広告だから、前述の統計には該当しない思われる。それでも、末端のディーラーにまで、告知の重要性が伝わっていることは明らかだ。
そうした販売店の広告は、「T-Crossが月129ユーロ(約1万6千円)から。利息4.76% エコカー減税適用車」といった、いわばお買い得情報ばかりである。街なかに立っている屋外広告もしかりだ。
筆者としては、1950〜70年代にフォルクスワーゲンが広告代理店「DDB」と共に米国で展開したような、粋な広告を期待してしまう。アメリカ車が恐竜のように巨大だった時代、敢えて初代ビートルの小さな写真を広告の隅に掲載し「Think small」のコピーをあしらった、あのセンスである。
ところが、調べてみると、DDBのイタリア法人は、「Think small」ほど哲学的ではないものの、近年イタリア市場向けに面白いCMを制作していることが判明した。
たとえば、「イタリア国内でも海外でも使い放題」のキャッチで始まるCMは、一瞬モバイルWi-Fiルーターの広告か?と思いきやT-RocのCMだった、というのがあった。
かと思えばクルマとは直接関係ない“啓蒙型”CMもある。人が部屋から去ったのを検知して自動消灯するツリー用省エネ型飾り「フォルクスワーゲン クリスマス・アシストボール」の紹介だ。フォルクスワーゲン販売店で買えるマーチャンダイジング商品の雰囲気をぷんぷんと漂わせている。
しかし最後には「ときに、知性は技術よりも優秀です」「要らない電気は消しましょう」のテロップが流れる。つまり、節電のススメである。
2018年には“自虐型”もあった。ずばり「子どもがフォルクスワーゲンに憧れるのは難しい」といってのける。
それを表現すべく映し出されるのは、スタイリッシュなスポーツモデルに見とれる少年少女たちである。
ポルシェ、ランボルギーニ、ブガッティといったフォルクスワーゲン・グループ系モデルだけでなく、デロリアンDMC12やダッジといった直接関係ないブランドまでが登場するところに、フォルクスワーゲンの太っ腹ぶりを感じる。
結末はというと、ブガッティに見とれて道路にふらふら出てきてしまった子どもの前で、ゴルフ7のプリクラッシュブレーキシステムが作動する。そこに「彼らに夢を見させ続けましょう」のテロップが重なる。子どもたちに憧れられる存在ではないが、彼らをきちんと守っている、というわけだ。
傑作は、ティグアンのものである。給油中、密かに後席に潜入した若者2名。彼らから「手を上げろ!」と言われたドライバーは、いわれるままステアリングから手を離す。するとレーンキープアシストシステムが作動して見事走行。前方の駐車中車両に衝突しそうになると、今度はプリクラッシュブレーキシステムが働く。
若者たちは「ふたりで(システムが本当に作動するか)賭けをしてたんだよ」と弁解して、そそくさと降りてゆく。
待てど暮せど出てこない
いずれも往年の米国版DDBには及ばぬものの、楽しいCMである。にもかかわらず、筆者が遭遇するのは例の地元販売店の広告ばかりで、それらを見逃してしまっていたのは、なぜか?
第1は個人的にあまりイタリアのテレビを観ないこと、第2に近年のインターネット広告の特性がある。
後者に関して正確にいえば、ユーザーの嗜好が如実に反映されるためだ。夜、筆者が歯磨きの時間になると、かなりの確率で我が家のスマートテレビにYouTubeからマウスウォッシュ液のCMが現れる。いつも使用しているメーカーのものだ。子どもの頃読んだSFの世界が現実になって久しい。
だが、フォルクスワーゲンのCMに遭遇する場面が少ない。
我が家には3種類のスマートスピーカーがある。彼らが聞き取っているに違いない。そこで先日から「フォルクスワーゲン、フォルクスワーゲン」とひたすら唱えてみた。
しかし、フォルクスワーゲンのCMは画面に現れない。
もしかして筆者は、フォルクスワーゲンの潜在顧客とみなされていないのか? そう思うと、ちょっぴり悲しくなってきた。
(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)