【イタリア直送 大矢アキオのかぶと虫! ビートル! マッジョリーノ!】
このイベントでは、ドイツの主要ブランドがモーターショーばりのブースを設営してアニバーサリーを祝うのが恒例である。
これは、フォルクスワーゲン工場を視察したオランダ人販売業者ベン・ポンがフォルクスワーゲン首脳部に提案すべく、理想とする商用車のスケッチを描いたのが70年前の1947年だったことに由来したものだ。
フォルクスワーゲンブランドは、環境対応車の歴史も展開。右は第一次オイルショック後に開発された1976年「エレクトロゴルフI」で、スペック上の最高速は80km/h、航続距離は50kmである。
その一角でエアロバイクを漕ぐ来場者のおじさんがいる。
何かと思えば、「漕いだ電気でスナップ用カメラを作動させ、おみやげにプリクラ風写真をもらう」というエコつながり企画であった。
隣ではフォルクスワーゲングループの総合文化施設「アウトシュタット」もブースを展開した。
いっぽうこちらは、ブラジル工場製の1980年「ブラジリア」である。メカニズムはビートルを踏襲しているが、マルチョ・ピアンカステッリによる独自のボディを与えられている。
フォルクスワーゲンの歴代モデル用純正リプロダクション・パーツ紹介コーナーも設営されていた。初期のビートルのホイールキャップは25.95ユーロ(約3000円)、2代めパサートのステアリングは59.95ユーロ(約7400円、いずれもオンラインショップ価格)といったように、たとえヒストリック用でも国民車価格なのがうれしい。
フォルクスワーゲンのメイク別クラブが集う、ちょっと離れたパビリオンも訪問する。
東ドイツ車愛好会ブースに初代ゴルフが展示されているので、何かと聞けば、「まだ冷戦下だった東独に1万台限定で輸出されたうちの1台」だと教えてくれた。
いっぽうで、ビートルをベースにしたレジャーカー「タイプ181」のクラブも。メンバーは「ドイツには、まだ800台が現存しています。メキシコで生産されたバージョンも大歓迎ですよ」と元気に答えてくれた。
続いて、もうひとつのテヒノクラシカ名物である、古典車ショップによるスタンドをさまよってみる。今回は1250の出店者が世界30の国・地域から参加。販売に供された車は2700台に達した。
1965年登録の初代タイプ2デラックス仕様は、検査機関TUVの鑑定書付きで12万9000ユーロ(約1600万円)だ。タイプ2の高い人気をうかがわせる。
それ以上に驚いたのは、1973年ビートル1303カブリオである。走行9万キロで2万5500ユーロ(約316万円)のプライスタグが下げられていた。
いやはや、クラブブースの楽しい仲間たちに混ぜてもらうのは、ちょっぴり大変なようだ。
1998年からすでに19年も続いている企画で、自動車誌「アウトビルト」やタイヤメーカー「ヴレデシュタイン」も協賛している。
1週間も乗っていたら、あの独特な空冷サウンドがしばらく耳から離れなくなるのも良い体験に違いない。どうせ乗るなら、やはりヒッピー・ルックできめたい......夢は広がる。
今回は、ドイツ北西部ノルトライン-ヴェストファーレン州の都市エッセンで開催されたヒストリックカーショー『テヒノクラシカ』のリポートをお送りしよう。第29回を数えた2017年版は、4月5日から9日に催された。
このイベントでは、ドイツの主要ブランドがモーターショーばりのブースを設営してアニバーサリーを祝うのが恒例である。
今回フォルクスワーゲンブランドは、タイプ2の70周年を祝った。
これは、フォルクスワーゲン工場を視察したオランダ人販売業者ベン・ポンがフォルクスワーゲン首脳部に提案すべく、理想とする商用車のスケッチを描いたのが70年前の1947年だったことに由来したものだ。
フォルクスワーゲンブランドは、環境対応車の歴史も展開。右は第一次オイルショック後に開発された1976年「エレクトロゴルフI」で、スペック上の最高速は80km/h、航続距離は50kmである。
写真左下は1990年のフォーミュラEレース用に製作された『ゴルフIIシティステローマー』だ。
その一角でエアロバイクを漕ぐ来場者のおじさんがいる。
何かと思えば、「漕いだ電気でスナップ用カメラを作動させ、おみやげにプリクラ風写真をもらう」というエコつながり企画であった。
隣ではフォルクスワーゲングループの総合文化施設「アウトシュタット」もブースを展開した。
こちらでは、フォルクスワーゲングループ歴代モデルのデザイン開発に参画した名デザイナーたちを特集していた。
写真はその1台、フェルディナント・ポルシェ設計による1933年NSUタイプ32である。試作車34台が造られただけで開発は中断されたが、その構想はビートルに繋がった。
いっぽうこちらは、ブラジル工場製の1980年「ブラジリア」である。メカニズムはビートルを踏襲しているが、マルチョ・ピアンカステッリによる独自のボディを与えられている。
フォルクスワーゲンの歴代モデル用純正リプロダクション・パーツ紹介コーナーも設営されていた。初期のビートルのホイールキャップは25.95ユーロ(約3000円)、2代めパサートのステアリングは59.95ユーロ(約7400円、いずれもオンラインショップ価格)といったように、たとえヒストリック用でも国民車価格なのがうれしい。
フォルクスワーゲンのメイク別クラブが集う、ちょっと離れたパビリオンも訪問する。
東ドイツ車愛好会ブースに初代ゴルフが展示されているので、何かと聞けば、「まだ冷戦下だった東独に1万台限定で輸出されたうちの1台」だと教えてくれた。
第二次大戦直後で時間が止まってしまったような旧態依然とした東欧車やソ連車が当たり前だった東独の人たちに、ゴルフは未来の車に映ったに違いない。
いっぽうで、ビートルをベースにしたレジャーカー「タイプ181」のクラブも。メンバーは「ドイツには、まだ800台が現存しています。メキシコで生産されたバージョンも大歓迎ですよ」と元気に答えてくれた。
続いて、もうひとつのテヒノクラシカ名物である、古典車ショップによるスタンドをさまよってみる。今回は1250の出店者が世界30の国・地域から参加。販売に供された車は2700台に達した。
珍品としては、第二次大戦の水陸両用車「シュビムワーゲン」だ。1943年型で「可動・ブレーキ良好」であるものの要レストア状態らしい。値札には「たった9万9900ユーロ(約1230万円)」と赤字で記されていた。
1965年登録の初代タイプ2デラックス仕様は、検査機関TUVの鑑定書付きで12万9000ユーロ(約1600万円)だ。タイプ2の高い人気をうかがわせる。
それ以上に驚いたのは、1973年ビートル1303カブリオである。走行9万キロで2万5500ユーロ(約316万円)のプライスタグが下げられていた。
さきほどの純正リプロダクション・パーツのお財布安心価格とは対照的に、ヤングタイマー人気の中でストラットサスペンション系ビートルまで、こうした価格域に達している。
いやはや、クラブブースの楽しい仲間たちに混ぜてもらうのは、ちょっぴり大変なようだ。
と少々落ち込んで歩いていると、「ご自由にお取りください」と記された札とともに、無数のトマトが置かれていた。ここ数日カリーブルスト(カレーソーセージ)ばかり続いた体の栄養補給にはもってこいだ。
見上げると、白い1970年ビートル・カブリオが置かれていた。無料トマトより、こちらのほうが大切らしい。チャリティに5ユーロ(約600円)を寄付すると、7台のヒストリックカーが当たるという企画だった。
1998年からすでに19年も続いている企画で、自動車誌「アウトビルト」やタイヤメーカー「ヴレデシュタイン」も協賛している。
寄付の趣旨は賛同できるものの、小学生の頃、学習雑誌で「怪獣バッジ」が当たって以来、クジ運とはまったく縁がないボクである。ビートルが当たる確率は低い。
と思ったら、「(2代目)フォルクスワーゲンT2キャンパー貸します」という"のぼり"を見つけた。Deine Zeitreise (キミの時間旅行)という、洒落た店名が付いている。
レンタル料金は1週間・走行距離1000km込みで、780ユーロ(約9万6000円)だ。
1週間も乗っていたら、あの独特な空冷サウンドがしばらく耳から離れなくなるのも良い体験に違いない。どうせ乗るなら、やはりヒッピー・ルックできめたい......夢は広がる。
かくもフォルクスワーゲンファンにとって、テヒノクラシカは毎年5日間だけ出現する楽園である。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)