コンセプト・ミッションXとeフューエル
自動車をはじめとするモビリティーに焦点を当てたイベント「IAAモビリティー」が、ドイツ・バイエルン州ミュンヘンで2023年9月5日から10日にかけて開かれた。同イベントは、2019年まで開かれていたフランクフルト・モーターショーが開催都市と形態を変えたものである。
ミュンヘンを舞台として第2回目の2023年は、前回同様、BtoBを対象としたメッセと、一般来場者に無料開放される市内会場の2拠点で展開された。
今回ポルシェ最大の話題は、メッセ会場で公開されたハイパーEV「コンセプト・ミッションX」である。
ブランドの解説を借りれば、かつての「959」「カレラGT」「918スパイダー」と同様、未来的コンセプトカー開発に決定的な新風を吹き込むとともに、ポルシェの典型的要素を再解釈したモデルである。
ロケット・メタリックと名付けられた車体色は、多用されたカーボン素材と絶妙なコンビネーションを奏でている。往年の「917」をイメージした形状のキャノピーには、超軽量ガラスが用いられている。跳ね上げ式の「ル・マン・スタイル」ドアも917からインスピレーションを得たものである。
目標は「ニュルブルクリンクのノルトシュライフェ(北コース)で最速の公道仕様車」だ。それを実現すべく、高性能電動駆動システムを最大限に活かす1:1のパワーウェイト・レシオときわめて良好なダウンフォースを模索している。
CFRP(炭素繊維強化プラスチック)が用いられたシートにはLED照明が縦に走り、6点式シートベルトが備わる。カラリングは、運転席がカラハリ・グレー、助手席はアンダルス・ブラウンと明確に分けられ、計器類や操作系は、あくまでもドライバー・ファーストだ。
ただし、パッセンジャーへのもてなしも忘れていない。助手席前方に備えられたポルシェ・デサインによるアナログ式ストップウォッチと、ルートを表示するデジタルディスプレイは、ドライバーと操縦感覚を共有するためのツールだ。
装備はまだ続く。車外カメラ3基+内部カメラ3基がコース、ドライバー、パッセンジャーを撮影。ナイスなシーンが自動的に生成される。それはソーシャルメディアに直接共有が可能だ。
いっぽうプレスブリーフィングでポルシェのミヒャエル・シュタイナー執行役員が説明したのは、2022年12月チリに開設したeフューエル工場である。フォルクスワーゲン・グループ・イノヴェーション社などとの共同プロジェクトで、大気中の二酸化炭素を収集。水素と合わせることで合成燃料を製造する。DAC(Direct Air Capture)システムと名付けられた設備により、年間約13万リットルのeフューエル製造を計画している。
Eモビリティの普及を図りながら、このカーボン・ニュートラルにより、世界を走る従来の内燃機関車を存続させる考えだ。
最高の高密度エリア発見
市街のポルシェの展示も華やかなものであった。ヴィッテイルスバッハ広場に設営されたブースは1000平方メートル。パビリオンは2023年に誕生60周年を迎えた911を模した大胆なものだった。
一角には、デビュー年にあやかって1963台が限定生産される「911S/T」もディスプレイされ、大きな関心を集めていた。同車は吸音材も含めた徹底的なパーツ削減により、空車重量(DIN)を1380キログラムに留めている。
ところで今回のIAAモビリティー期間中、ミュンヘン市内で「PORSCHE DESIGN」の袋を提げた人を数多く見かけた。パビリオンの一角に設けられた「ポルシェ・ライフスタイル」のコーナーを訪れたら、理由はおのずと判明した。押すな押すなの賑わいなのだ。筆者の観察では、今回IAAの2会場で最高レベルの人口密度だった。
他にもポルシェ・パビリオンには、スタッフが撮影してくれるフォトブースから、子ども向けのスタンプラリー、とアトラクションが多数展開され、いずれも賑わっていた。それらは前述のコンセプト・ミッションXに装備されたSNS共有機能しかり、長年の硬派ポルシェ愛好家には、にわかに信じがたい光景だろう。
欧州ではEVを中心に新興ブランドが数多くマーケットに流入し、プレミアム・ブランドでさえその存在が脅かされようとしている。なにしろ2023年上半期、欧州で最も売れた乗用車は「テスラ・モデル3」だったのだ。
そうしたなかで、今回のポルシェの展開は、次世代の顧客を開拓しようする意欲を存分に窺わせるものであった。年季の入ったファンを安心させるためつけ加えれば、1968年「911L」は最高の“映え”だったようだ。ニューモデルを差し置いて、来場者たちが絶えず一緒に写真に収まる一番人気車になっていた。
(report & photo 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)