ポルシェ「The Art of Dreams」が開催されたクレリチ宮で。ローマからやってきたヴァレンティーナ・ファラスカさんは建築士。彼女の父親は…。

あの千鳥格子に触発されて

イタリアのミラノで毎年恒例のデザインウィークが2024年4月15日から21日にかけて開催された。

同イベントは家具見本市に合わせて市内で企画されるもので、さまざまな国・地域の企業や団体が新製品やデザイン思想を提示する催し。主要オーガナイザーのひとつ「フォーリサローネ」のガイドブックには今回、前年比30%増の1125イベントが掲載された。

前年の欠席を経てふたたび参加したポルシェは、2022年と同じく18世紀バロック様式の館「クレリチ宮」を会場に選んだ。2021年からポルシェが世界各地で開催してきたアート・エキシビション「The Art of Dreams(夢の芸術)」の一環という位置づけだ。

会期前にリリースされた 『Lines of Flight』の様子。(photo:Porsche)

「ニューメン/フォー・ユース」による『Lines of Flight』。

今回のミラノにおける主要インスターションは『Lines of Flight(飛翔のライン)』。手がけたのは、アーティスト集団「ニューメン/フォー・ユース」である。ベルリン、ウィーンそしてザグレブを拠点とする彼らは、樹脂テープやフィルムを立体的に張りめぐらせ、そこに人がよじ登ったり這い回れるようにする「インタラクティブ・スカルプチャー(双方向性彫刻)を欧州各地で展開してきた。2013年10月には横浜「象の鼻テラス」でもインスタレーションを公開している。

ポルシェとのコラボレーションにあたり彼らが触発されたのは、「356」「911」のシート地に採用されてきたペピータ、いわゆる千鳥格子柄だ。それが醸し出す幾何学性、対称性、リズムそして反復性を、繊細なセルと白黒のネットによる巨大軽量構造で表現した。

「繭のような空間は、安心感、帰属感、快適さを呼び起こします。安全な避難所として、空想と発見の気ままなひとときに思いを馳せるよう私たちを誘う場所です」とニューメン/フォー・ユース」は解説する。

自撮り女子多数。

史上最高?の人気

筆者が知るかぎり、今回のポルシェによるインスターションは、自動車ブランドによるデザインウイーク出展史上もっとも人気を博したといえる。会期2日目の4月16日昼過ぎ、会場外の街路には70m近い来場者の列ができ、通過するクルマも徐行を余儀なくされるほどだった。事前に公開されたジャングルジムを思わせる広報写真が効を奏したに違いない。

会場入口のサインは控えめだったが…。

約70メートルにおよぶ待ちの列ができていた。

仕方がないので翌日午前に出直し、ようやく入場した。実際のところは、安全上だろう、会期中のショーにおけるプロダンサー以外、上方に登ることは許されなかった。それでも来場者はアクセスが許された下部のネットに乗って自撮りをしたり、友だちと交互に写真を撮りあっていた。観察していると、とりわけ女子受けがすさまじい。無数の花でポルシェ911を囲んだ2022年のインスタレーション「Everywhereness」のときと同様だ。

ポルシェの女性潜在顧客層への巧みな訴求戦略をみた。

そうかと思えば、幼稚園の児童たちがやってきた。先生に聞けば、通りかかったので入場したという。偶然、最新のアートに出会える環境。ミラノの子どもたちは何と幸せなことか。

いっぽう館内には、1950年に歴史を遡るスイスのデザイン家具ブランド「ヴィトラ」と実現したチェア3脚が展示されていた。こちらもペピータ柄を駆使したものである。ウィットに富んでいるのは、その価格や限定脚数だ。ヴィトラの定番商品「プティ・ルポ」をベースにした商品は3911ユーロ(約64万円)、「イームズ・プラスチック・サイドチェア」は、まさしく車名にあやかった911ユーロ(約15万円)で、限定脚数は911(901)の登場年にちなんだ1963である。さらに「IDトリムL」は911脚限定で、イタリア国内価格1911ユーロ(約31万円: いずれもイタリア付加価値税22%含む)だ。

ふたたび外に出て、もうひとつの中庭を覗くと、前述の「Lines of Flight」と同じメッシュをバックに赤い1967年「911Lクーペ」がディスプレイされていた。
こちらも女子に人気である。彼女たちの一人に声をかけてみると、「ポルシェはデザイン的に歴史的にも重要なので」と、意外にも冷静なコメントが返ってきた。さすがデザインウィークのビジターである。

やがて逆に「私を撮っていただけますか?」と、ひとりの女性から持っていたスマートフォンを差し出された。

快諾した筆者が撮影したのが、冒頭の写真である。彼女の名前はヴァレンティーナ・ファラスカさん。ローマでインテリアデザイン事務所を主宰する建築家だった。

なぜいらしたのですか?と聞くと、「父が大のポルシェ好きだからです」と教えてくれた。いや、好きにとどまっていなかった。アルベルト氏という彼女の父親は、ローマをベースに、個人で新旧ポルシェのレストアラーを営んでいる人だった。彼のSNSからは、永遠の都でポルシェ・ファンから熱烈な支持を獲得していることが窺えた。

ヴァレンティーナさんは早速、筆者が撮影した写真を父親に送信していた。旅先でも父親のパッションを忘れない、親孝行な娘に筆者は涙した。

第二の中庭にディスプレイされていた1967年「911Lクーペ」。

(report:大矢アキオAkio Lorenzo OYA・photo:大矢麻里 Mari OYA/Akio Lorenzo OYA)