前回、「人生における底なし沼について」ミニカーをテーマにした記事を公開した。

ミニカー収集には「ここまで手に入れたら終わり」というゴールがない。

ハマったが最後、抜け出すことは不可能に近い。

何年、何十年かけてズブズブ沈んだ深みでは、常識の光も届かず、通常の感覚が麻痺してくる。

ミニカー蒐集家にもさまざまなタイプがあると思うが、私の場合は、バリエーションを揃えたい、という思いが強いようだ。

同じ車種のスケール違いは当然として、ボディカラーが5種類あれば揃えたくなり、内装の色やホイールが違うものを見つけたら手にしたくなる。

もちろん、これはミニカーだからできるのであって、実車でそれをしようとしたら、スペースも財力も桁違いでないといけない。

そんなこと、承知しているはずなのだが・・・バリエーションを揃えたいという想いが、とうとう1/1に波及してしまった。

自宅ガレージには、初代Golfと初代Golf Cabrioがある。

そこに初代Golfのピックアップトラック版である「Caddy」を加えたくなったのは実はかなり昔のことだ。

もう20年近く経つが、そのCaddyを所有している友人がいた。

画像: かつて友人が所有していたCaddy。

かつて友人が所有していたCaddy。

深いグリーンのボディ、左ハンドルのノーマル仕様。

友人はペンション経営をしていたので、普通に資材や食材を運ぶトラックとしても活躍していただろう。

いい具合に使い込まれた「働くワーゲン」だった。

ときどき遊びに行ってはその洒落た佇まいに見惚れ、ハッチバック、カブリオに加えて初代Golfのボディバリエーションとしてコンプリートしたい、と思うようになっていた。

いつ、友人がCaddyを手放したのか定かではないが、ふと思い出して尋ねると、買った店に買い戻してもらったがその先のことはわからない、という答えだった。

当時は、まだ状況が整わず手放すと聞いても入手できたか分からないが、少なくとも国内登録されているCaddy、今となっては本当に惜しいことをしたと思わずにはいられない。

私がCaddyを本格的に検討しはじめたのは、2015年頃。

たまたまネットで見かけた"Caddyベースのキャンピングカー"の画像に文字通り釘付けになった。

Golf好き、キャンプ好きの私は秒で虜になり、すぐさま検索しまくったのは言うまでもない。

画像: Golf好き、Camp好きの私は文字通り虜に。

Golf好き、Camp好きの私は文字通り虜に。

しかし、ほとんど情報が出なかったのだ。

メーカーはとうに廃業、このインターネット時代に、存在が消えかけていた。

かなり調べ尽くして、私が見た画像の個体はプロトタイプであるとか(実はホイールベースを延長したGolfがベースだった・・・確かに給油口の位置がCaddyと違う)、全生産台数たった14台!という情報に行き当たり、万策尽きたと思われた。

が、その捜索の過程で、倉庫のような所で何台かのGolf1に囲まれたこのメーカーのキャンパーの写真に出会ったのだ・・・。

「あるのか!」旧い写真のスキャンばかりだったところに、明らかに最近撮られたような写真。

こちらは検索で情報が出てきて、それにも驚かされることになる。

このキャンパーは、某実車Golfコレクションのなかの一台だったのだ。

そのコレクターとは、オーストリアのヨーゼフ氏。

なんと、115台ものGolfを所有しているという。

ミニカーではない。

早速連絡を取ると、見せてくれると言う。

画像: この画像で、Josefとつながった。

この画像で、Josefとつながった。

2019年、欧州出張の帰途に休暇を取りオーストリアまで見に行くことにした。

そこで見た世界は驚愕に値するものだった。

彼についての詳しい記事は、こちらを参照いただきたい。

そこで私はホンモノのBischofberger(ビショフベルガー)Caddyキャンパーと対面した。

私が目にした画像のタイプとは違い、天井の高いハイルーフタイプだ。

画像: オーストリアまで行って、見せてもらった。

オーストリアまで行って、見せてもらった。

いい。実にいい!

サイズ感、佇まい、Caddyのボディに合わせラウンドしたボディ側面・・・。

室内を見せてもらう。

ベースが初代ゴルフだから、そこまで大きくはないが、天井高がありまったく狭さは感じない。

これは愉しそうだ。

ヨーゼフは言う「私も20年探してやっと手に入れた」と。

画像: 80年代のテイストで展示されていた。

80年代のテイストで展示されていた。

作られたのは14台、とヨーゼフも言っていた。

現存してる個体は何台だろうか・・・。

今後の参考に・・・と、写真を撮りまくる。

特に床下の構造が気になっていた。

車検証を見せてもらうと、リヤのトレッドが広げられていた。

予想通りだった。

このコーチビルダー、かなりのこだわりで作り上げていた。

こうした工業製品の安全認証に関わるドイツの「TüV(テュフ)」とフレームの改造で侃々諤々したと言う記述を以前読んだ。

夢見心地で帰国するも、どうしても諦めきれなかった私は、Caddyを手に入れて似たようなキャンピングカーをこの手で作ろうと考えた。

思い出しても無謀極まりないが、真剣にそう考え、CADや模型で構造をシミュレーションした。

画像: CADを使って構造を検証。

CADを使って構造を検証。

あとで整数倍すれば実車化のときに計算が楽だろう、と、1/5スケールのCaddyの模型を作って、架装するキャンピングシェルの構造を、友人たちのアドバイスも得てかなり真剣に検討した。

画像: 1/5模型を制作して、作り方をシミュレート。

1/5模型を制作して、作り方をシミュレート。

FRP成型も初めてだったが、材料を揃えて体験してみた。

その作業と並行して、ベース車としてCaddyを買おう思い、色々検索するのだが、こちらも国内にはほとんどタマがない。

仕方がないので、海外の中古車サイトで「お知らせメール」を設定、毎月何台か出てくる情報を見ていたが、錆が多かったり、とにかく過走行だったり・・・当時はコロナ禍がはじまる頃で実車を見に行くのも容易ではなくなっていた。

一年ほどの間には、国内で売りに出ていた個体を見に行くこともあった。

しかし、それはかなりカスタムされた1台で、ノーマルに戻すのは困難に思えて断念した。

(しかし、もう一度言うが、国内登録されてるCaddyは貴重だった)見つからない・・・これは、あの男に聞くしかない・・・そう、前述の1/1Golfコレクター、ヨーゼフだ。

「何かCaddyの出物がないか?」と尋ねると「とっておきのオファーがある」と言う返事とともに、衝撃の画像が送られてきた。

骨だ。

フレームだけのバラバラ状態なのだ。

画像: Josefが保管していたフレーム状態のCaddy。

Josefが保管していたフレーム状態のCaddy。

しかし、よく見ると、なかなか美しい。

骨が美しい、とはかなりイカれてるが、特筆すべきは錆がないことだった。

送られて来た画像を見る限り、穴が空いたり、腐りかけてたり、と言った様子がない。

「新車から10年乗って、ショーカーに仕立てようとバラして・・・20年手付かずだ」とヨーゼフ。

プライマリーサフェーサーという下地を塗ったところで放置されたようだ。

自前のサンルーフ加工で穴が空いていたり、キャビンとカーゴの仕切りが半分切り取られていたりしたが、奇跡のように錆が見当たらない。

「改造にはもってこいだろ?好きな色に塗れるようにしておいたよ」とヨーゼフは言う。

部品も全部取ってある、と言うので、真剣に検討することに。

画像: 実車の制作風景。Caddyのサイドパネルが切られてる。

実車の制作風景。Caddyのサイドパネルが切られてる。

この時点で、この後に紡がれる無謀・・・いや、壮大な物語がはじまっていたのであろう。

まずは、個人輸入と言われるものへの挑戦、そして骨からのフルレストア(フルと言って良いだろう・・・)、最終的にはナンバー取得。

こう書くとスリーステップだが、もちろんそんなことはなく、それぞれに1時間番組がワンクール(3ヶ月)分作れるくらいのイベントが起きることになるのであった。

輸入決定に際しては、持ち込んでから問題が起きない用に陸運局に通ったり税関への取材などをしたり、念入りに進めた。

そこでは「バラバラの骨状態で輸入してはいけない、自動車として登録できなくなる」という重要な情報を得た。

「どこまで組み立てれば自動車と認められるのか?」と言う問いには明確な回答はなかったが「内装とかハーネスは、付いてなくて良い」、「ただし、エンジンだけは載っていないとダメ」ということだった。

これは、自動車とは、「原動機(エンジンなど)を搭載し、レールや架線を使わずに陸上を移動する乗り物」という定義に基づくと教えてくれた。

(空飛ぶ自動車、は定義から外れてないか?!)そんなこんなで、輸入を決断することになり、コンテナ手配のために輸入業者を探すなど、急に現実めいてきたのだが、折り悪しく、例の疫病が猛威を振るいはじめており、渡航はおろか物流価格も異常に高騰しはじめていた。

同時に円安も進行。

賭けにはなるが、ちょっと様子を見ようかという気運に。

個人輸入とは言え,さすがに自分でコンテナ船までは予約できないので、代行業者を探す。

検索でいくつか当たりをつけ、問い合わせ、その中のひとつに決めたのだが、後々「業者選びは難しい」と痛感することになる・・・。

打ち合わせを進め、その時点からすると約4ヶ月後の2022年春にコンテナ船の予約をすることにした。

円安がどうなるかは賭けだ。

その間に、ヨーゼフのところで、通関に備えて骨状態のCaddyを「自動車」に戻してもらうことに。

エンジンを載せ、足回りを戻し、転がせる状態にして欲しいというと「問題ない」という回答。

そうして、諸々現実味を帯びて来たある秋の明け方、ドイツからのとんでもない報せが携帯を鳴らした。

いつもの「Caddyが出たらお知らせ」メール・・・そこに添付されていたのは、信じられないクルマの姿だった。 

「Volkswagen VW Caddy 14d Bischofberger Camper selten」。

びっくりした。色は違えど、私が一目惚れした例のキャンパーのFor Sale情報!

画像: まさかの対面。For Saleが出るとは。

まさかの対面。For Saleが出るとは。

「selten」とは、レア、くらいの意味だが、レアどころではない。

たぶん、数秒間はあれこれ考えたはずだが、反射的に問い合わせメールを送信していた。

日本からの問い合わせ、本気にされない可能性もある。

だが、これは本当に偶然だったのだが、ちょうど一週間後にドイツ出張を控えていたのだ。

メールに書き添えた。

「来週、そちらに行くから見せて欲しい」と。

出品者からはすぐに返信がきた。

「ぜひ見に来てくれ!」。

しかし、買ってどうする?

輸入するのか?

それともドイツに置いておくのか?

ただでさえヨーゼフからCaddy(の骨)を買うのに、どうするんだ?!

しかし、この機会を逃してまたいつか、というクルマではない。14台しか作られず、そのどれもがオーダーメイドで、みな少しずつ形が違っている。

今回売りに出たのは、まさに私が理想としたルーフ後端がポップアップするタイプ。

奇跡のタイミング・・・逃す手はない。

画像: 理想のポップアップルーフ仕様。

理想のポップアップルーフ仕様。

売り手と約束し、レンタカーのGolf8を飛ばしてフランスとの国境にある南ドイツの小さな町、ブライザッハへ向かう。

紅葉の美しい季節だった。

指定された待ち合わせ場所は駐車場だった。

売り主の顔は知らない。

メールでのやり取りでは年配の男性を予想していたが、現れたのはタトゥーの腕も逞しい兄さんだった。

ちょっと意外。

シュテファンは、ドイツの酒場で出会ったなら「ちょっと怖そうな兄ちゃん」の雰囲気。

私の拙いドイツ語では込み入った話をするのが心配だったが、英語が話せるガールフレンドが一緒で、あれこれ話すことができたのは幸いだった。

画像: ステファンとガールフレンド。

ステファンとガールフレンド。

「近所で見かけていて気になっていたら、ある日、お爺さんがナンバープレートを外しているところに出くわしたんだ。もう歳で、重いハンドルとマニュアルが億劫になって・・・と言うので、その場で買うことを決めたんだ」。

何という偶然の積み重ねだろう。

シュテファンがこのとき手にしてなかったら、果たして今回売りに出ていたか・・・シュテファン自身も相当このキャンパーに惚れ込み、集めていた当時のカタログのコピーなどを見せてくれた。

どこにも見つからなかったのでとても貴重だ。

画像: まさに、このポップアップ仕様が欲しかった。

まさに、このポップアップ仕様が欲しかった。

一緒にキャンプ行ったの?とガールフレンドに聞くと、笑いながら首を横に振り「アタシはホテルがいいわ」と。

シュテファンの手元に来て8年になるそう。

問い合わせは来てる?と聞くと「たくさん。でも本気かどうか」。

日本から見に来るヤツは?「居ないね」。

駐車場内を運転させてもらった。

クルマはとしては問題ない。

1985年生まれのボディは車齢なりではあるが、実走行可能だし、ヤレた内装はレストアすれば良い。

絶対欲しかったのだが、この場ではまだ「買います」とは言えなかった。

置き場どうする?輸入はどうする?ヨーゼフのCaddyどうする?と考えなくてはならないことが多過ぎたのだ。

ドイツの友人にドイツでの国内保管の可能性も相談したが、住所がないと保険加入やナンバー登録もままならない、と。

当然だ。

じっくりレストアするには、やはり手元にあることが必要だ。

ひと晩考えた。

これは、運命だ。

翌日、私はシュテファンに連絡した。

「買います」と。

こうして、ミニカーと1/1スケールの境を見失った私は、行きがかり上、2台のCaddyを個人輸入することになったのだ。

これを沼と言わずして、なんと言おう・・・。

画像: 【Liebe zum Golf(ゴルフへの愛)】Nr.9:これは、運命だ。

なぜそんなにGolfが好きなのか、そんなにGolf好きだと人生どうなっちゃうのか。折しも、Golf誕生50周年の節目にあたる2024年にスタートした、私の狂ったGolf愛を語り尽くす【Liebe zum Golf / リーベ ツム ゴルフ(ゴルフへの愛)】。熱く、深く、濃く、という編集方針に則り、偏愛自動車趣味の拙文を綴ります。

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