「底なし沼」、というのは実在する。
ここに展示中のミニカーは、それでも全体の半分の量。色違いなどのバリエーションは、泣く泣く所蔵庫に眠っている。
よく「コレクターは三つ買う」と言われる。
ひとつは展示用、もうひとつは取って置く用、最後の一つはトレード用、なんだそう。
私の場合、トレードという概念はないし、未開封こそ価値あり、ということもないので、基本はひとつ買えば十分である。
ただし、ボディカラーのバリエーションは、なかなか見過ごせないのと、製造時期の違いからくるホイールや内装色の違い、などには食指が動きがちだ。
最初の頃は、それでも置き場に余裕があったので、そうした仕様違いも手に入れた。
ドイツ渡航で一気に100台を超えた後は、国内でみつけたプラモデル、充実しつつあるインターネットでの情報収集で少しずつ増えていった。
ちなみにebayなどのオークションサイトは、最初の頃、システムがまだ未成熟で、誰にいつ幾らで入札して、いつ終了して、送金や発送はどうなってるか、を手書きで記録していた。
この頃、自分でもGolfをはじめとするフォルクスワーゲンのミニカーを紹介するwebサイトを開設したりして、発信していくようになる。
このサイトは、「html」というものを自分で勉強して作ったのだけど、テクノロジーの進化やweb仕様の変化に追いつけず、だいぶ長らく放置中。
「いつかなんとかせねば」とは思っている。
このとき、はっきりと「水冷エンジン搭載のフォルクスワーゲン車」を集めようとコレクションの方向を定めた。
いわゆるカブトムシやType2バスなどの空冷ミニカーコレクターは既に有名な方々がいらっしゃった。
私はGolfがきっかけということもあり、「Water-cooled Volkswagen」に絞って集めることに決めた。
Golf以外のミニカーにこんなに種類があるとは思っていなかったので「ぜんぜん絞られてない」ことは後でわかってくるのだが。
さて、初期の頃、台数が増えることよりも、製造メーカー・ブランドの数や、製造国の幅が広がるのが楽しかった。
Golfのミニカー、と聞けば、実車の生産国であるドイツ製が中心となりそうなものだが、実際はそうとも言い切れず、実に多岐にわたる国がGolfを製品化している。
今日現在は、ミニカーブランドが統合されたり買収されたりして、ブランドと製造国の関係は曖昧だが、70年代後半から80年代にかけてのミニカー界は、まだ各国のブランドが独立していたように思う。
そんな時代、だんだん種類が増えていく中で見出した愉しみは、同じGolfを製品化しても、生産国の個性が感じられるところだ。
写真の水色の初代Golfは、フランス製。エンジンフードが低く、全体的にスタイリッシュなデフォルメがされている。
黒いダイキャストモデルは、ドイツ製。実車の特徴を捉えた確かなプロポーション、ドイツらしいかっちりした造形だ。
ソフビのような素材の初代Golfは、なんとフィンランド製。
非常に端正なプロポーションで、質感とともにお気に入りのモデル。
少し小さなスケールの、いわゆる"トミカサイズ"のGolfにも、ドイツ・イタリア・アメリカ・フランス・日本など実に様々な生産国がある。
サーフボードを載せたグリーンのGolfはイギリス製。
本国の交通ルールに倣い右ハンドルが再現されている。
一方で、我が国が誇るトミカの青い初代Golfは、左ハンドルで作られている。
これは「外国車シリーズ」としてラインナップされているからだろう。
シルバーのドイツ製はカッチリ、黄色いマッチョなGTIは、オランダ製だったりする。
こんな風に、同じ車種なのに個性が現れるのが旧いミニカーのいいところだ。
これは想像だが、各メーカーの原型師が写真をもとにそれぞれの感性でデフォルメしていたからではないだろうか。
今は、各メーカーともより正確なCADデータをもとに正しいフォルムを再現しているからか、メーカーごとの差異は小さいように思える。
初代Golfのミニカーメーカーは20社を超え、やはり初代にして早くもWorldcarであったことがその数の多さからも窺える。
こうして、同じクルマの違うミニカーが集まると、ミニカーを通して解釈の違いが見えたりして世界の豊かさを感じる。
何もかもボーダーレスになりつつある現代では、失われつつある愉しみ。
それにしても、色違いの同じ形のものが並ぶと綺麗だ。
とくにGolfは、この斜め後ろから見るCピラーの重なりが美しい。
実車を10台並べることはなかなか難しいが、ミニカーならデスクトップでそれを再現できる。
これも、集めたくなる一つの理由。
冒頭紹介した壁一面のディスプレイ棚は、建築家に依頼して作ってもらったものだが、ここを建てる前は小さなディスプレイケースを重ねたり、クローゼットの上に並べたりしていた。
ある程度台数が増えてきた時に、大きなガラスケースを手に入れた。
東京の「河童橋」というエリアには、店舗用のショーケースなどを扱っている道具街がある。
そこで食堂の店先にあるようなショーケースを買ったのだ。
こうしたものは往々にして、家に届くと想像以上に大きいもので「やっちゃった感」に襲われたのを思い出す。
そして、これで当分大丈夫だろう、というキャパは、想像通りあっという間にいっぱいになるのだった。
「ミニカーはケースを呼び、ケースはミニカーを呼ぶ。」という格言をこれからコレクションに踏み出す人に捧げたい。
もちろん、ミニカーはフィギュアと読み替えても成立する。
さらに、ミニカーだけなら良いものを、関心が周辺グッズに及び出すと病膏肓である。
それは、エンブレムだったり、マグカップだったり、ピンバッジだったり、ミニカーと一緒にディスプレイすることで展示がより楽しくリッチになるアイテムは、それはもう無限に存在する。
危険である。
その上、Golf関連と言いながらも、たとえば、VWグッズ、のようなものも含まれることになり、ロゴさえ入っていれば必然的に所蔵決定、そのフィールドは拡大方向にしか向かわない。
さらには、ガラスや陶器製のGolfまであって、それはもうタイヤも回らない訳で、ミニカーですらない。
陶器のカブリオは貯金箱、イギリス製だけにきちんと右ハンドルになっている。
企画者は変態だ。
これらも当然、展示スペースを食うことになるのだが、面白すぎて無視できない。
そうだ、庭にも一つあった。
これは「植木鉢」というジャンルのものだろう。
展示というより、設置という言葉が似合う、重さ50kgを超えるGolf Cabrioだ。
エントロピー(乱雑さ)は増大する一方で、決して減ることはなく、減るのは財布の中身だけなのだ…。
さて、今回は初代Golf周りの話しかしていない。
このほかに、Golfの各世代、各スケール、各素材が存在し、Polo、Passat、Scirocco、JettaにVentoにVanagon、CaddyやらCorrado・・・果てはIltisなんていう車種まで蒐集対象にしてしまっているのだから目も当てられない。
この道には、ここでお仕舞い、というゴールがない。
始めたが最後・・・というイバラの道なので、いや、沼なので、近づかないのが吉である。
とはいえ、こうしてGolf関連のコラムを持たせていただいたり、雑誌に取材いただいたり、という経験のきっかけは、少しずつ集まってきて存在感を発揮するようになったミニカーたちのおかげなのだ。
そして様々なスケールのGolfを集めまくっていく中で、だんだんミニカーとホンモノの区別がつかなくなっていくのだった。
・・・底なし沼は、実在する。
なぜそんなにGolfが好きなのか、そんなにGolf好きだと人生どうなっちゃうのか。折しも、Golf誕生50周年の節目にあたる2024年にスタートした、私の狂ったGolf愛を語り尽くす【Liebe zum Golf / リーベ ツム ゴルフ(ゴルフへの愛)】。熱く、深く、濃く、という編集方針に則り、偏愛自動車趣味の拙文を綴ります。