1988年式のGolf IIとの日々は、”フォルクスワーゲン Golf”カルチャー発見の連続だった。
コンパクトなのに狭くない室内、十分なカーゴスペース、トルクフルなエンジンと剛性そのもののようなボディ。
ドアの開閉で聞こえてくる音は、精密なカメラのシャッター音が重厚な金庫の扉の音に混ざったような…。
鉄板の重さなのか、モノコックの剛性なのか、とにかく「作りの良い」工業製品を感じさせる。
そして、シート。
走り続けるためには、座り続けなければいけない。
一見なんの変哲もないGolfのシートは、国産車のフカフカともてなすシートと比べて明らかに硬め。
フカフカシートは、例えばディーラーで乗り込んだ際に心地よい印象を与えるための「ショールームクオリティ」と言われる。
しかし、その柔らかさゆえ、身体を自分で支える必要があり、それが長距離で腰が痛くなる一つの原因とされている。
1日に数百kmを走ることがある欧州では、しっかりと身体を支える硬さがシートに求められ、また、路面やクルマの挙動がダイレクトに伝わることで「運転している」という意識を持たせて、安全運転にも貢献している。
ついでに言えば、これはGolf...フォルクスワーゲンに限った話ではないが、ドイツ車メーカーの多くが、ステアリングやアクセルの重さ、ウインカー作動音などを「運転していることを常に意識させる」方向にチューニングしているのに対し、当時の国産車が、操作系その他を軽く静かに作り上げ「運転という負担をなるべく感じさせない」と考えていたのとは対照的だと感じる。
硬いシート、重い操作系と聞けば、ネガティヴに捉えられるかも知れないが、鉄の塊を動かしていることを意識させるとともに、操る愉しさにも繋がってるのだと思う。
Golf IIに乗りながら、そんな開発背景についての文献を読んでいると、初代Golfへの興味が当然のように湧いてくる。
空冷ビートル、Type1とは、エンジンの位置からスタイルから何もかも違うGolfは、Type1の発展形ではなく、突然変異のように誕生したようにも見える。
しかし、資料を読んでいくと、空冷メカニズムを活かせないか、Type1の延長線上に次のヒットはないか、と幾つもの試作車が作られており、ウォルフスブクルク開発陣の苦闘があったことがわかる。
「初代を知らねばGolfを語れない。」と思ったかどうかはさておき、とにかく初代Golfに乗ってみたいという思いが心を捉えはじていた。
しかし、1996年頃、最終モデルの初代Golfでもすでに12年が経過していた。
今なら、「たかだか12年など新車のうち」あるいは「フォルクスワーゲンのエンジンは10万キロ超えてから」などとも言っちゃえるが、当時はネットの情報網もまだまだ、Golf IIでもちょっとしたトラブルは経験していたので、“初代”をファーストカーにする覚悟ができていなかった。
その頃、会社の先輩にアルファ ロメオのスパイダーに乗せてもらう機会があった。
まだ今ほどオープンカーが走っていなかった時代、その特別感と爽快感は、初めて口にする料理のような幸福感をもたらした。
こんな世界があるのか。
そうか…Golf Iのオープン、いいかもな。
当時はまだ生産終了から4年ほどのGolf Cabrioが街を走っていた。
エンジンなど機関系はGolf IIとの共通部分も多いが、ボディは初代Golfベースのまま造られたモデルで、中古車市場にもグリーン、ブルー、そしてワインレッドの3色がタマ数豊富に存在していた。
一方で、3代目に進化したGolfにもオープンモデルが登場、一応、カタログを手に入れてみたりもしたが…。
そもそも初代Golfに乗ってみたい思いではじめた検討、心は決まっていた。
だが、ひとつ越えねばならぬ関所が…。
当時、私は結婚したてで、好きなクルマをホイッとは買えず、妻の賛同を得る必要が生じていたのだ。
私は、いかにこのクルマが素晴らしいかを説くためにGolfのプラモデルの屋根を切ってCabrioに改造し、日々目に入るところにカタログとともに展示する、という地味な作戦を展開した。
その戦法が奏功したのか、コイツに何を言っても無駄と諦められたのか、1996年、タン内装にグリーンメタボディの、Golf Cabrio Classicline(1992)を手に入れることが叶った。
初代Golf Cabrioとしての最終年式で、ボディ同色のバンパーやエアロパーツ、専用ホイールなどを装備しており、イジるところがない完璧なスタイリング。
このCabrioは今も所有しているが、まさに「何も足さない、何も引かない。」ノーマル状態を維持している。
屋根がない初代Golf。
Golf IIより一回り小さく、フェンダーのエッジがハッキリしており、狭い道でもさらに運転しやすい。
当時の他のオープンカーと比べて、ウィンドシールド(フロントグラス)の角度が立っていて、屋根を開けた時の開放感も抜群である。
Golfのオープンモデルは、1979年-1992年の長きに渡って初代Golfのボディのまま作られ、Golf IIベースは存在しない。
例によって歴史を紐解けば、オープンモデルの開発は1976年からスタートしている。
カルマンギアで有名なカルマン社が設計、製造に関与しており、北ドイツのオスナブリュックという町で作られていた。
Cabrioを手に入れた翌年、私はカルマン社を訪ねた。
資料本に、本社にミュージアムありとの記事を見つけたからだ。
しかし、ネットもない時代、とりあえずノーアポで電撃訪問したものの、ミュージアムは個人には解放していないとの理由で(多分ドイツ語でそう言われた)門前払いを食らってしまった。
そのとき、守衛さんの言葉が解せなかったことが、後にドイツ語を学ぼう、というきっかけになった。
一応、聖地巡礼は果たしたつもりでいるが、いつか再訪せねばなるまい。
カルマン製Cabrioの特徴としてまず挙げられるのは、屋根を開けた際に現れるロールバー。
最初期のプロトタイプでは装着されていないが、度重なる検証を経て剛性確保のために採用された。
オープンカーといえば、スッキリした姿が良しとされている中、「実」を取ったのはやはりGolfらしい選択だ。
このロールバー姿を称して、北米では「ストロベリーバスケット」という呼び方もある。
見えない部分にもかなり補強材が入っていて、屋根を切ったことで落ちるボディ剛性を確保しようとした苦労が見て取れる。
リヤフェンダーやトランク部分のボディパネルはCabrio専用、テールランプは初代Golfの前期型と共通である。
ただし、後端が少し跳ね上がるデザインに合わせて、Cabrioのテールライトは約2cmほど高い位置についている。
この細部にも手を抜かない姿勢が素晴らしい。
そして分厚い幌。
ベースモデルの外皮はビニール製のところ、Classic Lineは厚手の布製で、見るからに丈夫そうである。
実に五層構造になっているこの幌は、遮音性や保温に効果を発揮するだけではない。
屋根を閉めた状態で高速走行すると、幌の薄いオープンカーは「バルーンニング」と言って負圧によって屋根が膨らんでしまうが、Golf Cabrioではそれが起きず、閉じた状態の高速走行時も美しいシルエットを保っている。
アウトバーンの存在は、足回りだけでなく幌まで鍛えているのだ。
さらに、リヤウィンドウがビニール製のオープンカーも多いが、熱線入りガラスを装備しているのも実用性を犠牲にしないGolfらしさである。
ガラス窓を採用するために、幌骨の開閉機構は実に凝った作りになっている。
また、ハッチバックの初代Golfには、リヤウィンドウワイパーが用意されているが、それが叶わないカブリオでは、雨の日に跳ね上げた水滴が窓につかないよう、徹底的な風洞実験の末にリヤウィンドウの角度を決めたそうだ。
ハッチバックと並べてみると、Cabrioの方がわずかに寝ている。
オープンモデルであっても、実用車の矜持を忘れない生真面目さが、どこまで行ってもGolfなのである。
ちなみに私のCabrioの幌は、あるときにできた小さなほつれが広がり続け、新車から28年目についに裂けてしまい、友人の助けを借りて自分で交換することになる。
寝心地が良いのか、よく近所のネコが幌の上で寝ていたが、まさかその爪痕から...まぁ、経年による寿命ということで不問としよう。
1996年に手に入れて、このCabrioはいまだガレージにある。
Golf Cabriolet Club“Die Kalesche”にも参加し、たくさんのCabrioオーナーとのご縁もいただいている。
トップを下ろしたCabrioでのドライブは格別で、走り慣れた道でも新鮮に見せてくれるし、春は桜の花びらが、秋には色づいた葉が舞い込んでくるのはなんとも贅沢な体験である。
それならば、これで満足するのが分別ある大人というものだが、私の中の「初代Golfに乗りたい」欲求が、それでもなお胸の中に埋み火のように燃え続けていた。
そんな小さな火が、2002年のある日、抑えきれず発火することになる。
次回は、「増車!? 何言ってんのアナタ(怒)」。
なぜそんなにGolfが好きなのか、そんなにGolf好きだと人生どうなっちゃうのか。折しも、Golf誕生50周年の節目にあたる2024年にスタートした、私の狂ったGolf愛を語り尽くす【Liebe zum Golf / リーベ ツム ゴルフ(ゴルフへの愛)】。熱く、深く、濃く、という編集方針に則り、偏愛自動車趣味の拙文を綴ります。