先代のムードを、より実用的に

新型コロナ感染症対策の緩和と夏休みシーズンによって、イタリアには外国ナンバーをさげた車もやってくるようになった。

そうしたなか、たびたび見かけるのは、フォルクスワーゲン・トランスポーター「T3」である。

2020年7月、筆者がリヴォルノの港で発見したフォルクスワーゲンT3キャンパー。このストーリーについては、のちほど。

それは先代である「T1」や「T2」と比べると、やや個性に欠ける。それでもなぜ目立つかといえば、実直なまでのボクシーなデザインと、なんといってもその「遅さ」だ。

生産されていた期間は1979〜1992年。最も高年式でも28年落ちなのだから、寄る年波ということで仕方ない。

ヴァカンス客が乗っているT3の大半は「ウエストファリア」などを含むキャンパー仕様である。

スーパーマーケットの地下駐車場にて。食料品の買い出しだろうか。

2020年夏は新型コロナの影響で、公共交通機関や過密な場所を避けるべく、夏休みにキャンピングカーを選択する人が増えていると聞く。そうした状況を差し引いても、以前からするとT3キャンパーに遭遇するようになった。

アウトストラーダ「太陽の道」にて。ドイツからの旅人。スコップが本気感を醸し出している。

筆者が住むイタリア・シエナ県の空冷系フォルクスワーゲンスペシャリスト「デイ・ケーファー・サービス」の敷地内には数台のT3がいる。

主宰するジョヴァンニ・デイ氏にT3が人気の理由を聞くと、「T1やT2に比べると安いからね」と即座に教えてくれた。たしかにT1は、高くなりすぎた。2019年4月の本欄「あの『シュヴィムワーゲン』はおいくら? パリの旧車オークション」で、1790万円の値がついたT1は、その代表的な例といえる。

いっぽう、T3は今でもイタリアで1万ユーロ(約125万円)台で見つかる。

デイ氏は続ける。「T3は先代と比べて、機構がより新しく、操舵が機敏で制動力も高い。室内空間もさらに広く、視界も広い」。

さらにエンジンの種類が豊富であることも魅力という。「イタリア仕様に関していえば、ガソリンの空冷1.6/1.7/2.0L、水冷1.9/2.1Lに加えて、ディーゼルも1.6/1.6ターボ/1.7Lがあった」と彼は振り返る。とくにディーゼルは、その燃費と耐久性で今も評価が高い。

要するにT3は、先代が築いたイメージを踏襲しつつも、より実用に適しているのである。

かくも継がれるフォルクスワーゲンカルチャー

先日、筆者が住むシエナと同じトスカーナ州の港町、リヴォルノを訪ねたときのことだ。港で茶色のT3キャンパーを発見した。

2020年7月のある昼下がり、リヴォルノの港に、そのT3キャンパーは佇んでいた。

よく見ると中に若者がいて、キッチンまわりをいじっている。声をかけてみると、若者はロレンツォという名前だった。市内で鮮魚店を営んでいるという。父親は漁師だと教えてくれた。

中では、持ち主のロレンツォ・バロッコ君(26歳)が修復にいそしんでいた。「耐久性が評判だったディーゼル仕様だよ」。

彼のT3キャンパーは30年前の1990年式。いっぽう彼は26歳というから、自分よりも古い車を直していることになる。

「僕が小さいとき、10歳年上の兄貴がこのT3キャンパーを北部国境近くで物色して買ってきたんだよ。以来兄貴は僕を乗せて、いろいろな場所を旅してくれたんだ」

後年T3は放置され、ロレンツォ君いわく「見るに堪えない状態」になってしまった。だが、運転免許を取得して一念発起した彼は、思い出のT3を8年前から修復開始したのだという。最大の難所は錆だったというが、それを乗り越えて2トーンの再塗装を完了した。

現在は内装の仕上げに着手しているところだ。レストア完了の暁には、仲間たちを乗せてシチリア島をめぐりたいという。木製ケースのスピーカーがあるので聞けば、「パーティー用さ」と楽しげに教えてくれた。

知人で漁師のフランコさん(左)とロレンツォ君。レストアはまだまだ続く。

T3といえば、先日走ったアウトストラーダA1号線「太陽の道」でも、複数台目撃した。

それらはエアコン未装着らしく、窓は全開だった。中に乗るドライバーやパッセンジャーを覗くと、髪の毛が走行風に乱されて、くしゃくしゃになっている。

それでも彼らは、きまって笑顔だ。仏頂面をしたオーナーが操る高級車が到底発し得ない幸福のオーラを周囲に漂わせている。

長年のフォルクスワーゲン愛好家にとってT3は、まだ昨日のようなモデルかもしれない。しかし、ロレンツォ君のように、すでにT3とストーリーを織りなし始めた世代がいる。彼らこそが、フォルクスワーゲンカルチャーを明日に繋いでゆくのである。

リヴォルノの運河にて。

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)