走行8万8000km、13年落ち、総額100万円……。破格で手に入れた「Audi A5 Cabriolet」は“当たり”か、それとも“ハズレ”か。購入後に抱いた不安を解消すべく、Volkswagen/Audi専門ショップで徹底的なコンディションチェックを実施。そこで見えてきた現実とは?
取材協力=maniacs STADIUM
「保安基準」と「メインテナンス」の決定的な乖離
中古車の購入は、何度経験しても難しいものだ。まさに一期一会、あるいは博打に近い。メーカー系の認定中古車や特定の車種に特化した専門店であれば一定の安心感は担保されるが、あらゆるジャンルを雑多に扱う販売店では、その車種特有の「持病」や「急所」まで把握しているケースは稀といえる。つまり、購入側の目利きと勘がすべてを左右する。それだけに何度経験しても慎重にならざるを得ないのだ。
多くの中古車店では納車前に車検整備や12カ月点検相当の整備が行われるが、それはあくまで公道を走るための「保安基準」を満たすための作業に過ぎない。とりあえず真っ直ぐ走り、止まる。その最低限のラインを超えているだけだ。これから数年、数万kmを共にするための「予防医学」的なメインテナンスとは、意味合いが異なることを忘れてはならない。
1年の迷走を断つ、100万円の衝撃的出会い
ここ10年ほど、筆者はホットハッチばかりを偏愛し乗り継いできた。しかし、家庭環境の変化や自分自身のクルマに対する向き合い方の変遷もあり、子供が小さいうちに4シーターオープンでドライブに出かけたいというかねてからの願望をかなえるため、この春までに乗り換えることを画策し始めたのだ。
候補は多岐にわたった。Mercedes-Benz C-Class、BMW 4 Series、Peugeot 308CC、Fiat 500C、果てはVW Beetle Cabriolet。年式と予算を度外視すれば選択肢は意外と多い。しかし、現実は厳しい。限られた予算内で子供を乗せる後部座席の居住性を確保し、かつ筆者の偏屈な感性に響くデザインとドライブフィールを両立せねばならない。試乗と現物確認を繰り返した末に辿り着いたのが、初代「Audi A5 Cabriolet(8F型)」であった。
狙いは2.0L 直列4気筒直噴ガソリンターボエンジン(TFSI)を搭載した後期型。市場相場は190万円前後といったところか。中古車サイトを巡回する日々が1年ほど続き、優柔不断さが災いして「これだ!」と思った個体を他人に奪われる悲劇も経験した。
しかし、出会いは唐突に、そして衝撃的に訪れる。相場をはるかに下回る個体をネットで発見。2013年式、走行距離8万8000kmのシルバーの個体。諸費用込みで100万円という、もはや笑うしかないバーゲンプライス品だ。「安物買いの銭失い」という格言が頭をよぎったが、「致命的な不具合はあとで直せばいい」と自らに言い聞かせ、実車も見ずに契約ボタンを押す感覚で商談を進めてしまった。中古車は1点ものだ。ビビッと来たら即電話&商談。これぞ中古車マニアの不治の病である。
「不治の病」への処方箋。横浜の聖地を求めて
後日、戦々恐々としながら店舗へ足を運ぶ。ボロボロの個体だったらどう言い訳しようか……。だが、目の前のAudi A5 Cabrioletは想像していたよりは凛としていた。
もちろん、13年落ちの格安車。無数の飛び石傷、フェンダーの凹み、前オーナーの補修跡と思われるバンパーの色ムラ。それらは「安さの証明」としてそこに存在していた。このまま乗り始めても代替の喜びは薄い。筆者は販売店と交渉し、外装の修復に幾ばくかの予算を追加し、リフレッシュした状態で納車の日を迎えることにした。
晴れて納車となったものの、心の中にはモヤモヤとした霧が立ち込めていた。購入店はあらゆる車種を扱う中古車店。Audiの、それもA5 Cabriolet特有のウィークポイントを理解しているわけではない。この先安心してドライブするためには、信頼できる「専門医」の精密検査が不可欠だ。
Audi初心者である筆者は、自動車業界の知人数名に「主治医」を求めて相談した。そこで総合的判断から候補に絞られたのが、横浜市都筑区に拠点を構える「maniacs STADIUM(マニアックス・スタジアム)」であった。
オーナーの不安を可視化する「究極の点検環境」
maniacs STADIUM。そこはVWとAudiを専門とするプロショップであり、同時に独創的なオリジナルパーツを世に送り出すブランド「maniacs」の本拠地でもある。
以前、仕事で訪れた際の光景が忘れられない。駐車場には最新のAudi RS 3やVW Golf Rが並び、その傍らには90年代のVW BoraやVW Corrado、並行輸入のVW Vanagonまでもが鎮座していた。どの車両も、オーナーに大切にされていることがわかる上質な個体ばかりだ。「ここに通うユーザーの質は極めて高い」。そう直感した。わが100万円の格安Audiを預けるのにいささか気後れする部分があるが、背に腹は代えられない。安心を金で買うべく、門を叩いた。
用意されたプランは「コンディションチェック」。聞けば筆者のような中古車ユーザーがよく注文するメニューとのことで、ボディサイズや年式により価格は変動するのだという。作業時間はたっぷり約90分。費用はAudi A5 Cabrioletの場合で約2万円。プロのメカニックが1台のクルマを丁寧に点検してくれる対価としては、決して高くない価格設定だ。
ピットは職人の仕事場といった雰囲気で、門型の大型リフトが2基と手前に平置きのリフトが1基、それに工具や消耗品類のストックが整然と並ぶ。特筆すべきは、ピット脇の一段高い場所に設けられた見学スペースだ。愛車が整備されていく様子を特等席で見守ることができる。この「可視化」された環境こそが、オーナーに計り知れない安心感を与えるのだ。
オイル滲みと胃痛。心臓部へ差し込まれる作業灯
点検は、儀式のように厳かに始まった。まずは着地状態での診断。トランスミッションを各レンジへシフトし、シフトショックを五感で探る。エアコンの動作、メーターの警告灯やドット欠け、スイッチ類のクリック感に至るまで、執拗なまでのチェックが続く。
圧巻だったのは灯火類の点検だ。担当してくれた佐々木メカニックは単に点灯状態を確認するだけでなく、レンズを専用のクロスで拭き上げ、光軸や光量を真剣な眼差しで観察していく。その姿は、まるでコンマ数ミリの狂いも許さない時計職人のようであった。
そして、ついに心臓部、エンジンルームのチェックが始まる。カバーが取り外され、エンジンサイドの隙間から奥深くへと作業灯が差し込まれる。オイル漏れ、水漏れ、ホース類の硬化。筆者が懸念していたあたりだ。
実は購入時、エンジン周りに微かなオイル滲みを発見していた。「ガスケット交換、数十万円コースか……」と胃の痛む思いをしていた筆者に、佐々木メカニックは穏やかに告げた。
「これくらいなら、Audiとしては標準的なレベルです。今すぐどうこうする必要はありません」
第一関門突破。病は気からと言うが、担当医からの言葉ほど安心できる薬はない。これで胃痛も幾分和らいだ。
鉄槌か、福音か。車体の底でメカニックが放った一言
しかし、本当の恐怖はこれからだ。真っ赤な大型リフトが、ゆっくりと筆者のAudi A5 Cabrioletを空中へと誘う。下回りが露わになる。それは、格安中古車が隠し持っているかもしれない癌細胞を覗く瞬間だ。
アンダーカバーが取り外される。佐々木メカニックはマイナスドライバーを片手に、まるで考古学者が遺跡を調査するように、足回りのブッシュをこじり、ガタを調べ、汚れを拭き取っていく。タイヤを何度も回転させてはベアリングの唸りに耳を澄ます。
「斎藤さん、下に潜ってみてください」
告知を覚悟し車体の下へ。佐々木メカニックが指し示したのは、ロアアームの付け根にあるブッシュ。
「このクルマ、8万8000kmですよね? 13年落ちですよね?」
来る。高額見積もりという名の鉄槌が。
「信じられないほど綺麗です。ここもそうですが、あそこも。おそらく、前オーナーが相当丁寧に扱っていたか、あるいは一度リフレッシュされている可能性があります」
奇跡が起きた。外装にはやや目をつぶる必要のある100万円の格安車が、走りの根幹部分においては問題なしとの評価を受けたのだ。診断器をつないでエラーコードを探るも全くなし。これはまさに「アタリ」個体と言ってよいだろう。筆者の目に映るシルバーの車体は、この時、新車以上の輝きを放って見えた。
「安心」という投資が、中古車ライフを成功へと導く
最高の気分で点検を終えた筆者は、会計のため2階のショップへ。趣味性の高いグッズが並ぶこの空間。一度足を踏み入れれば、財布の紐が緩むのを止める術はない。
気がつけば、Audi純正のキーカバーを手に取っていた。maniacs STADIUMという聖地は、安心を与えてくれると同時に心地よい物欲を刺激する魔力に満ちていた。
点検結果表に記された「異常なし」の文字を見て、目先の不安は消え去った。ここからは予防医療の領域だ。フロントスタッフからは、直噴エンジンの宿命であるカーボンスラッジ除去に向けた内部洗浄や、イグニッションコイルの交換が提案された。これらは「修理」ではなく、パフォーマンスを取り戻すための「投資」として今後実施することを検討したい。そして、来店者のみ手にすることができるメンバーズカードを手にし店を後にした。
中古車購入、特に格安の輸入車という「危ない橋」を渡った際、最初に行うべきはプロによる現状把握だと再認識した。今回、maniacs STADIUMでの徹底的なコンディションチェックを経て、愛車の健康状態が白日の下にさらされたことは、何物にも代えがたい「安心」を手に入れたのと同義である。
信頼できる専門医を持ち、愛車の「真実」を知ること。これこそが、中古車ライフという荒波を乗りこなすための唯一の羅針盤となるのだ。そして、乗り手がどう労わってやるかでその後の道が変わる。今日も丁寧にシフトレバーを操って。
(Text by Saito Atsuki)
■著者プロフィール
斎藤充生(さいとうあつき) タイヤメーカーの販売ディーラー、出版社での広告営業を経て、現在は自動車系ライターおよびWeb広告運用を手がけるフリーランス。遠回りを重ねたキャリアならではの視点で、クルマと市場の両面を捉えた発信を行っている。愛車遍歴はOpel Signum、Mazda RX-7 Cabriolet、Alfa Romeo MiToなど、一貫性よりも個性を重視。無類の中古車好きとして知られる。二児の父。