イタリア発のスポーツホイールのトップブランド「OZ Racing」。F1やWRCといった世界最高峰の舞台で鍛えられながら、ストリートでも高い支持を集め続けてきたその理由はどこにあるのでしょうか。

その理由を解き明かすため、OZ S.p.A.の日本法人「オーゼットジャパン」で代表を務める内山晶弘さんへのインタビューをもとに、ブランドの成り立ち、モータースポーツとの関係、技術の進化、そして日本市場での独自の取り組みなどを掘り下げ、OZというブランドの本当の魅力をひもといていきます。

作業着からスーツへ

オーゼットジャパン代表の内山晶弘さんは、ホイール業界の「現場」と「ビジネス」の両方を経験してきた人物です。インタビューを通して見えてきたのは、ブランドの顔として前に立つだけでなく、製造や技術の背景を身体感覚で理解している点でした。

内山さんのキャリアは、1994年4月、世界トップクラスのシェアを誇る日本のアルミホイールメーカー「エンケイ」に、新入社員として入社したところから始まりました。入社直後は工場での現場研修を通じて、鋳造や加工、金型の調整などの基礎を学び、工場立ち上げの局面では産業用ロボットのティーチング(動作プログラムの設定)まで担当したといいます。ホイールが「どう作られ、どこで品質が決まるのか」を、机上ではなく現場で覚えたことが、後の仕事の土台になっています。

2008年からオーゼットジャパンの代表を務める内山晶弘さん。OZとの関わりは30年以上に及ぶ。

その後、語学力や現場経験を買われ、当時、OZ S.p.A.とエンケイの合弁会社だったオーゼットジャパンへ異動。作業着からスーツへ、工場からオフィスへと環境が変わり、以後、30年以上にわたるOZとの付き合いが始まりました。内山さんは「私のホイール人生は、ほぼOZです」と語りますが、それはOZの価値や文化に日々向き合ってきたという意味でもあります。

2001年、オーゼットジャパンは合弁解消を経てイタリア直結の体制へ移行しています。これにともない、内山さんは古巣のエンケイに戻り、商品企画に携わることに。そこで生まれたのが、ハイパフォーマンススポーツホイールの代名詞である「RPF1」です。デザインや企画だけでなく、広告表現、価格設計の考え方まで含め、商品を「市場の現実に合わせて成立させる」ことで、同社を代表するホイールになりました。

その一方で、オーゼットジャパンやイタリア本社からは内山さんの復帰を望む声が相次ぎ、これに応えるべくマーケティングマネージャーとしてオーゼットジャパンに再入社。2008年には4代目の代表に就任しました。37歳で外資系企業の代表となった当初は、その若さゆえに業界内で軽く見られることもあったそうですが、現場経験と語学力、そして数字で結果を出すことで、少しずつ周囲の見方を変えていったと振り返ります。

そんな豊富な経験を持つ内山さんが、「ホイールの構造」「製造の現実」「市場の力学」を見てきた視点で語るOZというブランドとはどんなものか。次回は、OZの成り立ちや、モータースポーツとの深い関係を探ります。

OZ Racingについて

F1をはじめ、WRC、WECなど、モータースポーツのさまざまなカテゴリーにホイールを提供し、数々の勝利を支えてきたOZ。そこで培ってきたテクノロジーとイタリアの芸術的なデザインが融合するOZのホイールは、ヨーロッパはもちろんのこと、世界で、そして日本でも数多くのファンから支持されている。

OZ公式サイト:https://www.ozracing.com/jp/

(Text & Photos by 8speed.net Editorial Team)