レトロモビル2024のフォルクスワーゲン・ブランド会場で。初代「Golf(左)」と、ブラジル工場製の2013年「T2(右)」。

笑えないクルマ

欧州屈指のヒストリックカー・ショー「レトロモビル」が2024年1月31日から2月4日までフランス・パリで開催され、会期中13万人が訪れた。フォルクスワーゲン(VW)グループは、フォルクスワーゲンブランド、ポルシェ、そしてチェコを本拠とするシュコダが参加した。

フォルクスワーゲンブランドは「Golf」誕生50周年のキックオフを会場で行った。今日までの半世紀に生産されたGolfは、累計約3800万台にのぼる。フォルクスワーゲンフランス法人でプロダクト・マネジャーを務めるアントワン・プパール氏は「この国でも歴代Golfは多くのユーザーが運転し、モデルごとに各世代の人々と人生を共にしてきました」と筆者に語る。参考までに、ドイツの現代作家フロリアン・イリエス(1971年- )は、とくに2代目すなわちGolf2に注目。それで運転を習得した人々を、ずばり「Golf・ジェネレーション」と名づけている。

ブースには歴代7台と、現行型のプラグイン・ハイブリッド仕様「GTE」が置かれた。実をいうと筆者は、今回の展示に即座には興味をかきたてられなかった。なぜか? 第一は、初代からエクステリアデザインのアイデンティティが、あまりにも生真面目に継承されているためだ。関心が薄い人にとっては、アンディ・ウォーホールのシルクスクリーン作品を観るように、ひとつひとつの違いが一目でわからないからかもしれない。第2は、他社製歴代モデルにみられるように、失笑に値する失敗作がないからだ。笑いに値するものがないのである。

伝わる正常進化

だがそうしたネガティヴな心境から脱することができたのは、各車の脇に添えられた解説板を発見したときである。概要だけでなく、世代ごとに洒落たタイトルが、あたかも著名コンクール・デレガンスにおけるカテゴリーのように付記されていたのだ。以下、解説の要約とともに紹介しよう。

●Golf1 “開拓者” 1974-83年

ジョルジェット・ジウジアーロによるデザインをまとって1974年に登場。GTIやカブリオ、そして3ボックス版の「ジェッタ」を含めて合計約699万台を販売。初代ビートルの後継車としての地位を確実にした。

Golf1(展示車は1980年モデル)。

●Golf2 “完成された概念” 1983-1991年

空気抵抗係数は初代のCd0.42から0.34へと大幅に改善された。モデルサイクルの間には、触媒コンバーターやABSの採用などが図られた。ドイツ統一後の91年からは東部ツヴィッカウの工場でも造られ、合計約630万台が生産された。

Golf2(展示車は1990年モデル)。

●Golf3 “安全システムの先駆者” 1991-1997年

92年の運転席・助手席エアバッグ、いずれも96年のABSの全車標準化、サイド・エアバッグ導入に代表されるように受動的安全性が重視された。クルーズコントロールも初めて装備。加えて、6気筒モデル「VR6」、初のワゴンモデル「ブレーク」などバリエーションの充実も行われ、合計483万台が生産された。

Golf3(展示車は1994年モデル)。

●Golf4 “象徴的スタイル” 1997-2003年

当時のデザイン・ダイレクター、ハルトムート・ヴァルクースによる造形は、のちの世代のGolfシリーズにとって、いわば先駆け役を果たした。1998年にはESCが装備されたほか、4モーションも追加された。カラー液晶のカーナビゲーションがGolf史上初めて導入されたのも、Golf4であった。499万台を生産。

Golf4(展示車は2002年モデル)

●Golf5 “熟成の世代” 2003-2008年

レーザー溶接による車体のねじれ剛性は35%も向上した。オプションも含め、エアバッグの数は合計8個に。2004年のGTIでは、初のガソリン直噴ターボエンジンが採用された。バリエーションとして「Golf Plus」「Cross Golf」も投入された。それらを合わせて約340万台が生産された。

Golf5(展示車は2007年モデル)。

●Golf6 “小型車規格における高級車” 2008-2012年

EuroNCAP衝突試験では最高点の5つ星をたやすく獲得。アダプティブ・クルーズコントロール、パークアシストなど運転支援に加え、スタート&ストップも導入された。285万台が造られた。

Golf6(展示車は2011年モデル)。

●Golf7“軽量構造と広いエンジンの選択肢” 2012-2019年

100キログラムの軽量化と、燃費23%の削減を達成。2013年にはGTI、GTD、R、ステーションワゴンが追加され、続く2014年にはGTEとe-Golfが、さらに2019年には350psを誇るGTI TCRも加えられた。

こうして知識として進化を俯瞰すると、フォルクスワーゲンというメーカーが半世紀にわたってGolfで実践してきた、一時的なフアッションとは無縁の、革新への取り組みが伝わってくる。第一印象だけで判断してしまった己を反省した。あとは人間と同じで、こうした万能選手かつ優等生を親しく感じるかどうかは、受け止める者に託されている。

Golf7(展示車は2012年モデル)。

また、ひがんでしまう

そのようなことを考えたレトロモビルのフォルクスワーゲン会場を後に、最寄りの地下鉄「ポルト・ド・ヴェルサイユ」駅に向かった。

『20minutes』とは、フランスを代表する日刊フリーペーパーのひとつである。地下鉄構内に設置されたボックスに毎朝、最新号が置かれている。その配布ボックスを見て驚いた。トップニュースで埋められた普段の1面とは異なり、なんとGolf1のイラストレーションが描かれているではないか。タイトルも紙名を模した書体で『50ans de la Golf(Golfの50年)』に差し替えられている。

思わず一部手にとって、プラットホームへと向かった。すると、何人もの客が電車待ちを待ちながらそれを楽しんでいた。筆者も開いてみると、通常のニュースが続いたあと、後半では1ページごとに各世代のGolfの絵が配されている。いずれにも発表当時のファッションや風俗が、これまたイラストで付されていた。レトロモビル開催初日、フォルクスワーゲンフランス法人による気合の入ったタイアップ広告だったのだ。

そのほのぼのとした画風は、広告代理店DDB社の名を不動のものにした初代ビートル広告から続いてきたクールさとは異なる、ほのぼのムードだ。フレンドリーまで手に入れ始めた優等生。筆者のGolfへのジェラシーはさらに募ってしまったのだった。

レトロモビル開催初日である2024年1月31日の「20minutes」紙は、第1頁が初代Golfになっていた。

フォルクスワーゲンのスタッフに撮影を頼み、Golf1とともに収まる家族。

(report & photo 大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA)