今回は、今日のイタリアにおける物価高の話を。ロシア-ウクライナ紛争や外国為替の影響分析や、統計局のデータ参照は経済紙に任せるか最小限にとどめ、今回は在住25年である筆者の生活圏でアーカイヴ写真を交えながら綴りたい。

ドイツ系スーパーマーケット「リデル」の駐車場にて。手前はフォルクスワーゲンのミニMPV「Caddy」。2022年1月撮影。

パスタからVWまで

燃料高騰が続いている。給油所ではディーゼルでも1L2ユーロ台が、もはや当たり前になった。5月下旬からの急減な円安により、円換算すると今や約276円にもなる。非セルフでハイオクガソリンの場合、より顕著になる。6月20日には2.45ユーロ(約340円)に達したのを目撃した。20年前のように5千円感覚で50ユーロ札1枚を出して満タンにするなどということは、もはやあり得ない。

食料品もしかり。7月上旬、筆者が住むシエナのスーパーで「バリッラ」の標準パスタ1kgあたり価格を調べてみたところ、1.98ユーロ(約273円)である。過去に撮影した写真を掘り起こしてみると、店は違えど2020年は1.72ユーロ、さらに1年さかのぼった2019年には1.58ユーロで売られていたのが発見できる。2割以上も上がってしまったことになる。

バールのカウンターで飲むエスプレッソ・コーヒー1杯も、大衆的な店ではかつて1ユーロが一般的であった。だが本稿を記している7月には、1.2ユーロが珍しくなくなっている。

通常の付加価値税税率22%に対して、パスタは4%、エスプレッソは10%という軽減税率が適用されているのが不幸中の幸いである。

消費者団体「アッソウテンティ」によると2022年3月、ロシア-ウクライナ紛争勃発により、イタリアでパン価格は最大30%値上がりしたという。写真は7月シエナで。

クルマも値上がりしている。イタリアではモデルイヤー途中で価格改定することは原則としてない。また、年によって仕様が微妙に異なる。だが、すでに予約が開始され秋口からデリバリーが始まる2023年モデルイヤーを2022年のそれと比較した場合、フォルクスワーゲンの「Golf8」で、一律1000ユーロ(約13万8千円)、「ID.3」で1250〜1450ユーロ(約17万2千〜19万9千円)高くなっている。

アルプスを越えてきたスーパーが人気

いっぽうで、この国の平均給与は上がってこなかった。知人の自動車セールスパーソンが「イタリアだけ給料が上がらないのは、なんてこった」と筆者にぼやくので、調べてみるとそれは本当だった。

1990年から2020年の30年間、OECD加盟国のうち唯一イタリアの平均給与が2.9%のマイナスになっている。いずれもバルト三国のリトアニアが3.7倍、エストニアが3.3倍になっているのと対照的だ(データ出典:Openpolis)。

欧州統計局のデータによれば、2020年における税・社会保険を引いたあとの平均給与は、21,462ユーロ(約298万円)である。話は若干飛躍するが、フェラーリの2021年イタリア国内登録台数が579台にすぎない理由がおのずとわかる。ちなみに、集計期間は若干異なるが、2021年4月〜2022年3月の日本におけるフェラーリの新規登録台数は1299台であった。

そうした状況下、筆者がイタリアを近年観察していて活況を呈しているのは、ドイツ系ディスカウント流通チェーンである。

「リデル」は1992年にイタリア進出。700店舗を構える。「ペニーマーケット」は、1994年にイタリア1号店を開店。今日では400店舗がイタリア国内にある。「アルディ」もすでに100店舗を数える。欧州連合域内の経済自由化によるさまざまな規制撤廃が追い風となっている。

コープ(生協)に代表される自国のスーパーマーケットが圧倒的に支持されてきたイタリアでドイツ系スーパーでは当初、学生、若い家族、もしくは外国人の出稼ぎ労働者といった人々が目立った。しかし、今日ではかつてそうした店を敬遠していた年配層もよく見かける。生活防衛のため通いはじめたところ、リピーターとなっているのである。

それはデータにも現れている。イタリアの農業団体「コルディレッティ」が6月に発表したところによると、そうしたディスカウント系の売上は前年比10.1%の増加で、その伸びは全食料品店のなかで突出している。燃料も含む諸物価の高騰で、多くの人々が生活防衛にまわっていることがわかる。

新型コロナによる家計の減少も、ドイツ系ディスカウント・スーパーの客足を増加させた。2020年3月、店内人数制限が導入された直後に撮影。

食品だけにとどまらない。衣料・雑貨の「NKD」、ドラッグストア「DM」と、ドイツ系流通チェーンがここ数年で一気に目立つようになった。本欄で2022年4月1日に記した、元アウディ販売店跡に開店した衣料・雑貨店「キック(Kik)」も一例である。シエナ郊外ポッジボンシにあるキックの隣には前述のリデルがあり、道をはさんだ向かいにはペニーマーケットがある。「ここはドイツか」と錯覚する風景だ。

ドイツ系の隆盛と聞くと、なにやら利益を吸い上げられてしまう構造を想像するが、実はメリットもある。雇用の創出だ。たとえばリデル1社をとっても、イタリアで2万人が従事している。この国の伝統的な小規模商店の、不安定かつ不定期な採用スタイルからすると、こうした外資系の安定した働き口の提供は、地域社会にとって大きな恩恵である。

リデルの奥には、ペニーマーケットの赤いサインが見える。シエナ郊外ポッジボンシで。

懐かしさから、ついふらふらと

ドイツ系といえば直近で驚いたのは、トリノにあるフィアット旧リンゴット工場を再開発したショッピングモールを訪ねたときである。靴の「ダイヒマン」が新規オープンしていた。ダイヒマンは、チューニングカー・ショーで有名なドイツ北西部エッセンを本拠とする靴販売チェーンである。こちらも調べてみると、すでにイタリアで84店をオープンしているではないか。

ちなみにこのダイヒマン、かつて“本場”ドイツの店を訪れると、商品脇のPOPに、Italienische Mode!(イタリアンモード!)などと大書されていることが多かった。それを見るたび、ドイツの人々にとって、イタリアのファッションは常に憧れであることを感じたものだ。その店が、いつの間にかイタリアに上陸していたとは。

それはともかく面白いのは、夏休みシーズン、ドイツから来た観光客のクルマを、今回紹介したようなディスカウント店で頻繁に見かけることだ。筆者としては「せっかく外国に来たのだから、ちょっと高くても地元スーパー体験してみろよ。そもそも君たちの給料、イタリア人より高いんだし」と説教したくなる。だが、見知らぬ土地でつい慣れ親しんだチェーン店にふらっと入ってしまうのであろう。

彼らの真似をして筆者としては、イタリアでMUJI(無印良品)あたりにふらりと入りたいところだ。だが、日本では590円で買える「最後の1mmまで書けるシャープペン」が、これまた換算すると約1380円になってしまう。円安、飛んでけ!

シエナのペニーマーケット駐車場にて。外国ナンバーのVWマルチバンで来た若いカップルが、キャンプ用の食料を積載中。2020年9月撮影。

※文中のレートは1ユーロ=138円で計算

(文=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA/写真=Akio Lorenzo OYA, 大矢麻里 Mari OYA)