作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの生家を訪れるべく、イタリア北部パルマの宿をネット検索した。2020年初秋のことである。

すると近隣に1軒の民宿があることが判明した。その名は「ラ・カーザ・デイ・ガッティ」、直訳すれば、“ねこの家”といったところである。

B&B「ラ・カーザ・デイ・ガッティ」を営むジャンパオロさんとVWトゥーラン。

平原の宿にて

ソラーニャという人口4,800人の村だ。すでに泊まった人のレビューが高評価なのを確認して、筆者は予約ボタンをクリックした。

当日の現地到着は夜になってしまった。“太陽の道”ことアウトストラーダA1号線のインターから、走ること約10分。宿にたどり着く頃には、周囲は真っ暗だった。にもかかわず、“ねこ民宿”のオーナーであるジャンパオロ&アニェーゼ夫妻は辛抱強く待っていてくれた。その晩は窓を開けることもなく、ばたりと眠ってしまった。

翌朝、鎧戸を開けると、どうだ。パダーニャ-エミリアーナ地方独特の平原が見渡すかぎり広がっていた。絵画の遠近法というところの消失点が、風景の中に自然とできあがっている。眼医者さんにかかったことがある方ならわかるだろうが、測定器を覗くと現れる絵のようである。

翌朝、客室の鎧戸を開けると、雄大な北部平原の風景が広がっていた。

建物の脇には、ワインレッドのフォルクスワーゲン・トゥーランが佇んでいた。農道に囲まれた地帯で使われているクルマとは思えぬ、行き届いた手入れである。

彼らのB&Bが清潔さでたびたびネット上の高評価を得ていることとあわせて、彼らのきれい好きが伝わってきた。

ジャンパオロ&アニェーゼは古い農家を手に入れて増改築を施し、民宿を開業した。

近年はB&Bといっても、かぎりなくホテルに近いものが大半だ。場合によっては、オーナーが同じ場所に住んでいなかったりする。いっぽう彼らの宿はいまどき珍しく、夫妻とともに朝食をとる。

アニェーゼさんが「子ども時代に弾いていた」というドイツ・ベーゼンドルファー製ピアノの横にあるテーブルに、村のベーカリーが焼いたというパンが並ぶ。

ジャンパオロさんはNPOの運営コンサルタント、アニェーゼさんは建築やニット関連のデジタル出版物に携わりながら、民宿を営んでいるという。そういえば、ヴェルディの生家も郵便局や軽食堂を兼ねた民宿だった。

B&B「ラ・カーザ・デイ・ガッティ」の入口。

熱烈ファンは期待する

外にあるトゥーランについて話を聞く。トゥーランは、アニェーゼさんの故郷ナポリまで往復1,400km以上の道のりに、いつも快適なロングディスタンス・ツアラーという。

銀メタリック、黒、白が圧倒的人気を誇るイタリアで、ワインレッドは珍しい。それに関して「好きな色なので」とジャンパオロさんは語る。

やがて彼の口からは、驚くべき話が飛び出した。

「これでトゥーランは3台目ですよ!」

ふたりにとって3台目となるトゥーランは、2015年に購入した2.0TDI。

彼らが初めてトゥーランを手に入れたのは2007年。「それまで乗っていたフォルクスワーゲン・パサートから他に買い替えようと思って、長年懇意にしているフォルクスワーゲン販売店を訪ねた日のことでした。ちょうど展示用に入荷したトゥーランを即決してしまったのです」と、ジャンパオロさんは回想する。

その信頼性と多用途性に惚れ込んで、4年後の2011年にふたたびトゥーランを手に入れた。そして現在の愛車2.0TDIは、2015年にやってきたものという。

ほぼ4年ごとにトゥーランを買い替えてきた2人だが、目下のところとどまっているのは「貯金するため」らしい。

ジャンパオロさんは説明する。「欧州各国は、化石燃料車の新車販売禁止に向けて取り組んでいます」。イタリアもしかり。2035年までにフルハイブリッド、マイルドハイブリッドを含むガソリン/ディーゼル車の販売を禁止する法案が2020年10月に下院で可決されたところだ。

ジャンパオロさんとしては、電動車に対するフォルクスワーゲンの取り組みを見きわめたうえで、次のクルマを決めたいという。貯金はそのためだ。

目下ジャンパオロさんは、VWラインナップにおけるミニバンモデルの電動車充実を願っている。

ところでトゥーランがデビューしたのは2003年であった。ヨーロッパにおける小型ミニバン全盛期だ。いっぽう2019年のヨーロッパ圏における販売台数をみるとトゥーランは75,133台。人気絶好調のSUVであるT-ROCの207,977台からすると半分以下である(データはJATOダイナミクス調べ)。

ジャンパオロさんのような熱烈トゥーラン・ファンが今も存在することがフォルクスワーゲンに伝わり、適切な電動小型ミニバン登場を願いたい。具体的には、2022年発売予定の「ID.BUZZ」のコンパクト版といったところだろうか。

最期に民宿に話を戻せば、屋号からねこだらけの宿を想像していたが、筆者が実際に見たねこは、出迎えのときアニェーゼさんが抱いていた一匹だけだった。なぜ“ねこ民宿”なのか? 

それにはストーリーがあった。彼らが民宿を開業するため、古い農家を手に入れて増改築工事を始めたときのこと、生コンクリート打ちをした途端に、ねこが全室を歩きまわって足跡をつけてしまったらしい。直後は「絶望した」ものの、最初のお客さんがねこだったので、屋号に込めることを決めたという。アニェーゼさんいわく、彼らの飼いねこの他に、近所のねこもたびたびやってくるという。

二人の気持ちとトゥーランに、「包容力」という共通点を見つけた筆者だった。

彼らの民宿から約15分。ブッセート村にある作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの生家。

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)