イタリアのキャンピングカー・ショーで

イタリアはヨーロッパでも屈指のキャンピングカー製造国である。

業界団体APCによれば7,000人の雇用を創出し、総売上高は年間15億ユーロ(約1842億円)に及ぶ。とくに筆者が住むシエナの隣町である中部トスカーナ地方のポッジボンシは、イタリアのキャンピングカー生産量の80%を担う。豊かな森林資源を背景にした家具産業からの長い伝統が背景にある。

いっぽうパルマで毎年開催される「イル・サローネ・デル・キャンパー」は、イタリア最大級のキャンピングカー見本市である。2020年は9月12日から20日に催され、約200の出展者がブースやスタンドを繰り広げた。入場者数は54,000人を記録した。

今回会場でみられた傾向は「小型化」と「低価格化」だ。トラックシャシーをベースにした日本でいうところのキャブコン(キャブ・コンバージョン)では、6m未満の全長や4万ユーロ(約494万円)を切るモデルを各社がアピールした。取り回しを良くし、かつ手頃なプライスとすることで、若いユーザーや少人数家庭の開拓を狙う。

少数派ではあるが、国外ブランドの出展もみられた。今回はその中から、フォルクスワーゲンにゆかりあるブランドを紹介しよう。

ウェストファリアもコンパクト攻勢

最初は、「ウェストファリア」である。前回も少し触れたが、同社は長年フォルクスワーゲン・トランスポーターをベースにしたバンコン(バン・コンバージョン)で知られてきた。

「ケプラー」は、フォルクスワーゲン・T6.1トランスポーターをベースに、ポップアップ・ルーフを与えたシリーズである。そのなかで2021年の新型は「ケプラー・ファイヴ」と名付けられたモデルだ。

ウェストファリアの2021年モデルイヤーにおける新車種は「ケプラー・ファイブ」

Keplerとは「ケプラーの法則」で知られる神聖ローマ帝国ドイツの天文学者の名前だ。ウェストファリアによる現行ラインナップには、「ジェームス・クック」「アムンゼン」そして「ジュール・ヴェルヌ」といった、探検にまつわる人物の名前が冠せられている。

既存のケプラー・シリーズがT6.1のロング・ホイールベース版をベースにした全長5,300mmであったのに対して、ケプラー・・ファイブは、ショート・ホイールベース版を基にしている。そのため全長は5mを切り(4,904mm)、よりコンパクトになった。さらにベッドは既存型同様4名分であるものの、乗車定員は5名乗車を可能にしている。

キッチン、アウトドア・シャワーを備え、ウォータータンクは64Lまで増量されている。

ケプラー・ファイブのインテリア

ポップアップ・ルーフは、フォルクスワーゲン・のファクトリー仕様「カリフォルニア・シリーズ」にあるような電動ではない。これに関してスタッフのクリス・ローゼク氏は「故障が少なく、かつ貴重な電力の消費も低いので、可動部分は可能な限り手動にした」と説明する。

イタリアにおける付加価値税込み価格はエンジンによって異なり、2.0TDIターボディーゼル90hp版が54,590ユーロ(約678万円)だ。150hp仕様は3,500ユーロ(約43万円)高となる。

ウェストファリアのスタッフ、クリス・ローゼク氏

前述のキャブコンの低価格攻勢にユーザーがどう反応を示すかは未知数だ。ただし、別のバンコン出展者が強調するように、そのコンパクトさから日常に使える汎用性やファン・トゥ・ドライブを犠牲にしていないことは大きな訴求点だ。

紆余曲折の果てに

会場では、もうひとつ、フォルクスワーゲンに馴染み深いバンコン出展社を発見した。「カルマン」である。

Karmannの名前は、キャンパーの世界で生きていた!

その名前を聞いて古いフォルクスワーゲン・ファンならお察しのように、同ブランドの起源は、かつて「カルマン・ギア」を送り出した欧州屈指のボディ製造業者であった。

しかし2000年頃から状況は変化する。クーペ・カブリオレなどのバリエーションが年を追って自動車メーカーのカタログから落とされ始めたのだ。それを得意とし、受託生産を多数手がけていたカルマンの仕事は徐々に減っていった。そこに2008年のリーマンショックが追い討ちを掛けた。8千人の人員削減を発表したが時すでに遅く、翌2009年4月破産に追い込まれた。最終的に生産設備の大半は、フォルクスワーゲンの手に渡った。

そのブランドが「カルマン・モービル」としてキャンピングカー界で生き延びていたとは。

カルマン・モービルが展示したバンコン型キャンピングカー「デイヴィス600」。ベースはフィアット・ドゥカート

経緯を改めて確認してみた。ふたたび時計を1970年代中盤に戻す。創業家一族のヴィルヘルム・カルマンは南アフリカで見たモーターホームをもとに、メルセデス・ベンツ207D/208ベースのキャンピングカーを製作した。1977年のことだった。

続いて1983年からはフォルクスワーゲン・トランスポーターT3を改造したキャンピングカー製作にも乗り出す。

ただし2000年、カルマンは前述の業績不振を受けて、キャンパー部門を同じドイツのキャンピングカー会社「オイラモービル」社に売却する。

そのオイラモービルは2005年、数々のキャンピングカー・ブランドを擁するイタリア企業「トリガノ」社の傘下入りした。以来カルマン・モービルはトリガノの1ブランドとなって今日に至っているというわけだ。

デイヴィス600の全長は、各社における2021年トレンドである5.99m。付加価値税込み価格は49,300ユーロ(約608万円)

ところで、今回紹介した2社の共通点がある。それは長い歴史だ。

ウェストファリアは自動車誕生前夜の1844年、鍛冶職人だった創業者が鉄道駅から貨物を運ぶための馬車を製作したのが始まりである。

カルマンの始まりは1900年に製作したランドーレット型馬車であった。今日の「カルマン・モービル」まで引き継がれているシンボルマークの木製車輪は、その時代を象徴している。

いっぽう今日ウェストファリアは、メルセデス・ベンツやフィアット車もベースとして採用している。カルマン・モービルに至ってはイタリア資本ということもあって、ベースはすべてフィアットである。

しかし今日でもウェストファリアの看板車種はフォルクスワーゲン・ベースであり、多くの人々はブランド名を聞いて、真っ先にフォルクスワーゲン・を思い浮かべる。

今も続くカルマンのブランド力は、前述のカルマン・ギアに加え、ビートル・コンバーティブルやシロッコなど数々のフォルクスワーゲン車を手掛けた時代があったからこそである。

かくもフォルクスワーゲンを軸にすると、一見馴染みが薄い領域でも意外に世界が拡大されてゆくのが何とも面白い。

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)