その日、VW販売店の対応は
2020年3月、イタリアでは新型コロナウイルスとの戦いが正念場を迎えた。
日本でも報道されたとおり、ジュゼッペ・コンテ首相は9日、これまで主に北部に限定していた移動制限、学校一時閉鎖、そしてレストランやバール(喫茶店)の夜間営業を休止する首相令を、翌10日から全土で適用することを発表した。期限は4月3日までとされた。
続いて12日には、生活必需品の販売店、薬局、ドラッグストアを除くすべての商業及び小売活動の休止を発表。13日に発動した。2週間後の3月25日まで続く。
筆者が住む半島中部のトスカーナ州も、完全に首相令の対象地域となった。
在イタリア日本大使館からは、1日のうちに何度もメールで関連情報が届く。
事実上イタリア全土が封鎖されたなかで、移動は「仕事上、健康上あるいは買い物といった必要な理由に制限しなければならない」とされている。
つまり、不要不急の外出は禁止だ。移動が必要な場合はインターネットから取得できる内務省発行の申告用紙に記入のうえ携行する。ちなみに筆者は、必要性のある移動かどうかの検問と思われる市警察官を、市道脇で実際に確認した。
12日の朝、筆者が住むシエナ市は、咲き始めた桜とは不釣り合いなか、ときおり雨が混じる暗い雲に覆われていた。
自動車ショールームはどう対応するのか?
前回本欄に登場した地元フォルクスワーゲン販売店「エウロモトーリ」のセールスパーソン、キアラさんに朝一番で問い合わせると、「すでにショールームは閉鎖しています。整備部門(の営業時間)については、午前中に決定します」と教えてくれた。
自動車販売は、政令における営業許可対象に含まれていないため、最短でも25日まで閉店しなければならない。
フォルクスワーゲン イタリアからの指示は?
「目下詳細な指示はありませんが、最低限の業務は要求されています」
最低限の業務とは、緊急整備サービス、およびキャリアカー(陸送車)の引き受け」という。
自動車整備について、首相令の営業許可項目に明記はない。だが、例として救急車、薬品や食料品店の宅配車といった車両の故障対応に、彼らが必須であることは明らかなのだ。
参考までに、彼女のショールームの隣には、同じ販売会社が経営するフォルクスワーゲン グループ傘下の「シュコダ」のショールームがある。そちらに勤める長年知己のセールスマンに問い合わせてみる。
そらちも首相令に従い25日まで閉鎖することを決めていた。ただし、「サービスの電話は常に繋がるようにしてあり、メカニック1名が常駐するようにするよ」と教えてくれた。
スーパーのレジにて
自動車販売店の話はひとまず、外出が許可されている食料品の購入に出向く。
スーパーマーケットの外には、十数人が列を作っていた。9日に北部ロンバルディア州の24時間スーパーで起きた買い貯め行動が我が街でも?と一瞬思った。だが、よく観察すると、混乱は起きていない。
入口に普段はいない警備員がいる。彼は「店内の客数を適正に保つため、ひとりが出たら、ひとりを入れるようにしているのだ」と説明してくれた。
実際店内に入ると、たしかに客数は制限されていた。チェーン店で独自制作している店内ラジオ放送のDJも、いつもの陽気さを抑え気味にしているのがわかる。
ただし、品切れを起こしている商品は、ほぼみられない。パスタも各ブランド・各形状がいつものように揃っている。「物流は確保する」としたコンテ首相の声明が実行されているとみた。
いっぽうで、レジに近づいて驚いたのは、床面に貼られたテープだった。「他者との間は1メートルの間隔を保つ」という首相令を的確に実行するためのものだ。
日頃イタリアでディスタンツァ・ディ・シクレッツァ(distanza di sicurezza)とは、自動車の安全車間距離を示す言葉だが、さきの指示がなされてからは、むしろ人間にその言葉が使われるようになった。
そういえば、イタリアの高速道路では一部の国際トンネルを除き、日本のような車間距離確認用の白線は一般的でない。皮肉なことに、スーパーの床面に貼られたテープは道路よりも先に、この国でそれを実現してしまった。そして、日頃車間距離をとらないドライバーが多いイタリアだが、そこに居合わせた全員の客が、車間距離ならぬ人間(じんかん)距離を厳守していた。
それが取り去られる日を切望して
キアラさんが働くフォルクスワーゲン販売店は、食料品購入ルートの途中にあるので、車内から様子を窺ってみる。
長期にわたる休業前の準備をしていると思われる人影こそみられたものの、彼女がいうとおり明らかに営業活動をしている気配はない。隣のシュコダもしかりである。
いっぽうで、裏側のサービス工場に繋がるゲートは広く開け放たれていた。日頃当たり前の風景だが、トラブルを抱えた車両がその様子を見たら、どんなに安堵することだろう。
「ティグアン」を何台も積んだキャリアカーを発見した。キアラさんがいうとおり、こうした非常時にも陸送車のトラッカーたちは、納車を心待ちにしているユーザーのため黙々と働いているのだ。早くキーが渡される日が来てほしいものだ。
ふとミラー越しにキアラさんの販売店を振り返ると、ショールームの端に白いカバーがかけられた車を確認できた。明らかに「ゴルフ8」である。イタリア国内のディーラーでは3月中に発表展示会が開催されるはずだった。
その白いカバーが早く取り去られる日が来ることを、今は願ってやまない。
(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)