■ 突然、真新しい黄色い車体

先日、わが街シエナでコイン洗車場を使っていたときのことである。しょぼい仕切り板ゆえ、隣の客が噴射する高圧洗浄ガンの水しぶきが飛んでくる。

寒い冬に泣けてきたが、ふと隣にあるガソリンスタンドに目を向けると、真新しいスクールバス(イタリア語でスクオラブス)からドライバーが降りて行く。フォルクスワーゲンのバッジが付いている。

近づいて観察すると「クラフター」のバスであった。

筆者が住むシエナに2019年に導入された新型スクールバスは、VWクラフターがベースである。

クラフターとは、フォルクスワーゲン・コマーシャル・ヴィークルズ、つまりフォルクスワーゲンの商用車ブランドで最もサイズが大きい車種である。

2006年に登場した初代はメルセデス・ベンツに兄弟モデルが存在したが、かわって2016年の2代目現行モデルは、フォルクスワーゲングループ内の重商用車部門MANの「TGE」が姉妹車となった。

ヨーロッパの場合、スクールバスは日本におけるトヨタ・コースターや日産シビリアンのように、メーカーがカタログモデルとして提供していない。

ボディ製造業者(イタリアの場合カロッツェリア)が、メーカーから供給されたベースをもとに、地域の実情に即した車体改造や内装施工を手掛けているのだ。したがって、同じメーカー製であっても、クルマによって乗員用キャビンより後方や内装が、たびたび違うのである。

スタンドに行って従業員に聞くと、「たぶん隣のバールにいるよ」と教えてくれた。店内には数名の客がいたので、「スクールバスのドライバーは、どなたですか?」と声をかける。やってきたのは、クラウディアさんという女性だった。

「2019年の9月に納車されたばかりよ」と教えてくれた。

プロドライバー歴20年、クラウディアさんは市の職員である。

イタリアでは新学年が始まる9月にあわせて、新車が導入されることがあるようだ。参考までに、シエナと同じトスカーナ州のピサでは、ほぼ同時期にフォルクスワーゲン・クラフターのスクールバスを導入し、車両価格は6万1000ユーロ(約742万円)であったという。

クラウディアさんによると、これまで使用してきたメルセデス・ベンツ製商用車「スプリンター」をベースにしたスクールバスに比べ、ステアリングがやや重いことや、取り回しにいまだ感覚が掴めないという。

ただ心配は無用だ。クラウディアさんは職業運転歴20年。かつてはトラックドライバーでもあったという。

■ クラフターとともに子は育つ

スクールバス・ドライバーとしての勤務時間は、朝の7時から昼まで。午後も3時から7時まで働く。イタリアの幼稚園は午前中だけの日や、午後もある日など時間割がきわめて複雑なので、こうしたタイムスケジュールになる。

クラウディアさんは、バリスタ(バールマン)から、持ち帰り用のパニーノを受けとった。これから午後までしばし休憩である。

すると、入れ替わりに、彼女の同僚ルチアーノさんがやってきた。バールは、ドライバーたちにとって格好の昼食ポイントだったのである。

ドライバー歴30年のルチアーノさんがランチ休憩をとる。

聞けば、彼らのステイタスは市職員であった。「だから市長や幹部の公用車を運転することもあるよ」という。人数は、同僚11人+補欠要員だ。

スクールバスのドライバーとして大変なことは? ルチアーノさんは「車内が絶えずうるさいこと」といって笑う。しかし直後に「ハンディキャップをもつ子も含め、多数の子どもたちを乗せて走るので、常に細心の注意をもって加速とブレーキングを行わなければならないこと」だそうだ。

最後に、ルチアーノさんにスクールバス運転士としての喜びを聞いてみた。「いろいろな子どもたちや保護者の人たちと知り合いになれることさ」と彼は即座に答えた。クラウディオさんはいたって真面目な人とお見受けたしたが、ちなみに筆者の近所にある雑誌販売店主は、「スクールバスのドライバーは若いママさんにたくさん会えるので、憧れの職業だ」といって憚らない。

ルチアーノさんはこの道30年。実は、間もなく定年という。「送り迎えしていた子どもが大人になり、今度は保護者として再会することがよくあるよ」とうれしそうに教えてくれた。

次なるミッションに備えて出発するVWクラフター・スクールバス。ルーフには後付のエアコンユニットが。

いい忘れたが、イタリアでは幼稚園児だけでなく、小学生もセキュリティ上送迎が必須だ。子どもだけでの登下校は許されていない。そのため、仕事で保護者が送迎できない場合や郊外在住など、幼稚園が原則3年・小学校5年なので、計8年間黄色いスクールバスのお世話になる。

スクールバスといえば、フォルクスワーゲンは2018年ジュネーヴショーのフォルクスワーゲングループ・ナイトで自動運転車「セドリック」のスクールバス仕様を公開した。しかし、実現にはもう少し時間を要しそうだ。

VWが2018年に公開した自動運転車「セドリック」スクールバス仕様。

また、イタリアは地方自治体の財政規模が限られているため、スクールバスは長年にわたって使用されるのが常である。

わが街にやってきたフォルクスワーゲン・クラフター・スクールバスも、多くの子どもたちの成長を見守るに違いない。

(文:大矢アキオ Akio Lorenzo OYA/写真:大矢アキオ Akio Lorenzo OYA、Volkswagen)、