すこし前の話ですが、ひさしぶりに豊橋にあるVGJ本社に伺いました。「Street VWs Jamboree」は予定が合わず行けなかったのですが……。

その1カ月前、「ザ・ビートル」の最終陸揚げに立ち会うことができました。

そのときの模様は下の記事をご覧いただくとして、「最後のザ・ビートルを迎えに行くにはザ・ビートルで!」ということで、その日は東京からザ・ビートル マイスターを走らせました。

ところが、途中の高速道路で事故渋滞に見舞われ、VGJ本社に辿りついたときには、記念式典がほぼ終わりというタイミング。ギリギリまにあったからよかったものの、事故渋滞にあと15分長く引っかかっていたら、最後の陸揚げを見逃すところでした。

ご存知のとおり、ザ・ビートルはメキシコにあるフォルクスワーゲンのプエブラ工場でつくられ、長い船旅を経て豊橋にやってきます。先代の「ニュービートル」も同様にメキシコでつくられ、日本に運びこまれました。

豊橋に向かう道すがら、見た目とは裏腹に(!?)骨太な走りをするザ・ビートルのコックピットで思い浮かべたのは、2001年3月に、独自取材でメキシコのプエブラを訪れたときのこと。フォルクスワーゲンの工場関係者はみな陽気でフレンドリー。取材にも協力的で、工場の中をほぼ自由に撮影することができました。また、アポなしで撮影をお願いした教会でも、快く撮影を許可してくれたりと、楽しい記憶が蘇りました。

その後、プエブラ工場でつくられた「ニュービートル・カブリオレ」を購入しましたが、ニュービートルと暮らしたのはその一度きり。運転のしにくさが特徴のひとつでしたが、それすらも愛おしいニュービートルでした。

残念ながらザ・ビートルと一緒に暮らした経験はありませんが、日本での販売終了が話題になったり、最後の陸揚げがニュースになるようなクルマは非常に稀で、空冷ビートルやニュービートル同様、このザ・ビートルがどれだけ日本のファンに愛されてきたかをうかがい知ることができます。

今後、IDファミリーとして“ワーゲンバス”の復活が謳われていますが、ビートルもなんらかの形で復活してほしいと願っています。

(Text by Satoshi Ubukata)