ラスベガス、上海そして東京……路上を走るクルマでボクが苦手なものといえば、闇雲に長いストレッチ・リムジン(リモ)である。結婚式やパーティー用などで頻繁に使われている、あれだ。

もちろん、ボディを延伸して捩れ剛性や静音性を確保するには、それなりの技術が必要だ。それに日々苦心しているエンジニアの存在は理解する。しかし、自動車テクノロジーにとってメインストリームではない。

今日でこそフレームを有して改造が簡単なリンカーン・タウンカー、ハマーといったフレームを有するモデルがある。だが将来そうしたモデルが消滅したら、ベースの選択肢はモノコックになり作業はさらに面倒になる。いつかスズキ・ジムニーでも使ってリムジン造るのか、と突っ込みを入れたくなる。

チャーターするおカネもなく、乗せてももらえるあてもないことからくる嫉妬も反リモ感情の原因と自己分析する。ブラックアウトされたガラスの奥で、どこぞのオッサンが両側に若い娘を乗せてワインでも傾けているかと思うと、さらに反感が募るのである。

唯一の幸いは、ボクが住むイタリアは結婚式の人気ロケーションでありながら、リモが一般的ではないことだ。中世ルネッサンス以来の狭い街路では、曲がれない場所が多すぎて使い物にならないのである。

しかしこんな歴史あるストレッチも、というのが今回のお話である。

2018年9月、スイス・バーゼルで開催された自動車エキシビジョン『グランドバーゼル』に赴いたときのことである。

有名な時計宝飾フェアと同じメッセ会場に、デザインやアーキテクチャーを基準に選んだ約100台を、あたかも絵画展のごとくディスプレイして鑑賞するという新企画だった。

その中に、1964年フォルクスワーゲン・タイプ2 のT1ピックアップをストレッチした車両が展示されていた。

一見冒頭のリモのような“遊び”に思えるが、実はちょっとしたヒストリーを背負っている。

正しい名称は「レントランスポーター」という。Rennとはドイツ語で「レースの」を意味する。Renntransporterでレース用トランスポーターだ。当時コンペティションカーをサーキットまで輸送するため活用されていた。

展示車はポルシェで550の輸送に使われていたものだ。

レストアに携わったスイスのカーテック社の解説によると、2.2Lエンジンの空冷システムはポルシェのものに換装されている。前後輪ともディスクブレーキが装着され、ギアボックスはT3のものが用いられているという。

参考までに、カーテック社のレストア作品として、同じT1の1959年「レンサービス(レーシングサービス)」仕様も展示されていた。

レントランスポーターには荷台に車両引き上げ用ウィンチが、レンサービスの内部には近代的なツールキット用ファニチャーが搭載されている。したがって、いずれも現代の走り系ヒストリックカー・ファンにとって洒落たサポートカーになるに違いない。

歴史を概観すれば、ほぼ同時代のレース車両運送用トランスポーターとしては、メルセデス・ベンツのものが有名である。

しかし、フォルクスワーゲンT1のそれは、よりオリジナルのフォルムをとどめ、かつダックスフントのごとくユーモラスである。

T1レントランスポーターは、プライベートチームにも重宝がられていたようである。ボディに何も被せぬままコンペティションカーを郊外のサーキットまで運び、ふたたび裸のまま載せて帰っていた、のどかな時代だ。

機密技術の厚いヴェールに包まれた今日と違い、人とモータースポーツの距離がもっと近かった時代を彷彿とさせる一台である。

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)