いきなり『ラブ・バッグ』のビートル

3月、ジュネーヴ・モーターショー2014を訪れたときである。日本のメディアで報道される機会が少ないが、このショーには「用品館」も設けられている。
展示内容は、主にプロ向けの製品だ。コイン洗車場や民間車検場の設備などは、全部取り揃えればボクでも明日から開業できそうな充実ぶりである。

用品館のパビリオンは、そこを通過することにより、ジュネーヴ空港や駅と往来できるようになっている。そのためボクなどは、コイン洗車場機器の裏側にまわり「各種洗剤はこうやって入っているのか」などと、つい見入ってしていまい、肝心の新車パビリオンになかなか到達できないことがある。

その一郭に今年、古いビートルが置かれたスタンドがあった。整備工場用の検査機器を販売するスイス企業によるものだった。

同社の営業・技術コンサルタントであるクルト・ヴュルムリさんによると、ビートルは1960年型という。そして、こう付け加えた。「"ハービー"ですよ」。

Herbieとはウォルト・ディズニー映画『ラブ・バッグ』の劇中車である。

1969年に公開された初編のあらすじは、こんな具合だ。

冴えないレーシングドライバー、ジムは、次のレースに出場するクルマとして、修理工場で手ひどい扱いを受けていたビートルを見つけて手に入れる。

実はそのビートル、人間のような意志をもち、次第にジムと友情を築いていくのだった。

展示車は、実際に撮影に使われたもので、現在はスイスのオーナーのもとにあるという。

本欄では、筆者自身のかぶと虫ことフォルクスワーゲン・ビートル、そしてアウディの記憶を記してきたが、このラブ・バッグにも思い出がある。

1970年代前半、小学生だったボクは、親とともに訪れたヤナセの展示会で、この「ラブ・バッグ」を印刷した定期券サイズのカレンダーをもらったものだ。

当時のボクは、意味も深く考えないまま「Love bag」と勝手に信じ込んでいた。正直をいうと、今回ジュネーヴに展示されたのを機会に、初めてThe Love Bugだと知ったのである。いやはや、己の不勉強以上に、カタカナ表記の限界を思い知った。


前述のクルトさんにハービーを選んだ理由を聞けば、「だって、かわいいでしょう?」と、スーツに身を包んだ紳士からは想像できない笑顔とともに答えてくれた。

見ていると、新車パビリオンから流れてきた人たちが、しばし足を止め、脇で上映されている名場面抜粋ビデオと交互に楽しんでいる。気合いを入れてスーパースポーツカーをアイキャッチに置いたスタンドよりも、衆目を集めているのだ。

それはレース・シーンで、ハービーが名だたるスポーツカーを相手に大活劇を展開しているのを彷彿とさせて、あっぱれだった。ビートルが放つ、憩いムードのなせる業である。

そうして立ち止まる人たちの盛り上がりを眺めていると、「ひょっとしてこのハービー、欧州や米国の人々に記憶されている映画劇中車としては、ボンドカーには及ばずとも、かなりの上位にランキングされても良いのではないか?」とさえ思えてきたボクであった。 

(冒頭の写真)
ジュネーヴ・モーターショー2014の用品館、ガッスナー社のスタンドにて。同車の営業および技術コンサルタント、クルト・ヴュルムリさんと、映画『ラブ・バッグ』の劇中車ハービー。

(ページ半ばの写真)
デモ車両にスーパーカーを使うスタンドが多いなかでのゲリラ戦法は、それなりに成功していた。なお、『ラブ・バッグ』シリーズは2005年『ハービー/機械仕掛けのキューピッド』まで、全6編が作られている。

(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)