寡黙なメカニックの過激なキットカー

街の床屋さんしかり、食料品店のおばさんしかり。仕事服を脱いで普段着で街を歩いていると、誰だかわからないことが多い。
向こうはボクが数少ない日本人だから覚えているのだが、ボクのほうは失礼ながら、どこで会った人だかとっさに思い出せない。しかるべき場所で、しかるべき格好をしていないと、ボクは途端にわからなくなってしまうのだ。

そんなことあるワケないが......フェルディナント・ポルシェに声をかけられても、有名な歴史写真のように「頬に指をかけるポーズ」や「ステアリングの向こうから覗いているポーズ」をしていないと、誰だかわからないだろう。ましてやヒゲを剃っていたら、そこいらのおじさんかと思うだろう。

前回に続き、今年7月にイタリア中部スタッジャ・セネーゼで開催されたVWファンの集い「インターナショナルVWミーティング」でのことである。 

「よっ、俺のこと覚えてるか?」

Tシャツ姿のおじさんに、いきなり声をかけられた。そのときも、とっさに誰だかわからなかった。数秒のタイムラグを経て、ようやくわかった。

メカニックのベッペさんだった。長年ビートル専門ショップで働いていたあと、現在はフィレンツェ郊外にあるVWタイプ2専門店に勤務している。詳しくいうと、ブラジル製の初代タイプ2を輸入し、レストアして販売している店だ。

左の写真は、納車前点検を黙々とこなすベッペさんの姿である。クルマに関する仕事に長く携わっているにもかかわらず、毎日鉄道で50km離れた自宅から通っている。見るからに地道な修理工のおじさんである。
そのベッペさんが、今日は頬を紅潮させている。そして会場内にある1台のクルマを指差した。

「これ、俺が組み立てたんだ!」

1台のマットグレーのモディファイド・ビートルである。ベースは前輪サスペンションがストラットの1303系だ。


「ヴラーディ(Wladi)というドイツ製キットだよ」

ドアなど一部を除いて、同社オリジナルの大胆なFRP製ボディパネルに換装されている。エンジンは1800ccにまで排気量アップが図られているという。

いっぽう、内装は大部分がベッペさんによるものだ。車体色と同じクールなダッシュボードと、ホワイトのレカロ製シートが鮮烈なコントラストを放つ。半年にわたる労作である。


「では記念写真を」とボクが言うと、彼はすかさず家族を呼び寄せた。ベッペさんの顔は、いつになく誇らしげだった。

イタリア人は、つきあうほどに、いろいろな顔をみせる人が少なくない。それは月日が流れるにしたがい、さまざまな風味を醸し出すワインのごとくである。

[冒頭の写真]
ペッペさんと、そのファミリー。

[前半の写真]
フィレンツェ郊外のVWタイプ2専門ショップ「T1スペシャリスト」にて。働くメカニックのベッペさん。

[中程の写真]
「インターナショナルVWミーティング」で。「ヴラーディ」キットをもとに、ベッペさんが手がけたモディファイド・ビートル。ちゃんとナンバー付き、公道走行可能である。

[後半の写真]
スパルタンなダッシュボードと、エレガントな内装が好対照を醸し出す。

(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)