【イタリア直送 大矢アキオのかぶと虫! ビートル! マッジョリーノ!】

基本的に「旅先では地元の物を食べるのがいちばんうまい」と信じている。しかしながら、ヨーロッパで本格的郷土料理を食べようとすると、それなりのレストランに入らなければならない。それも日本のようにひとりで食べている奴などいない。

ドイツでもしかりだ。加えて、酒があまり飲めぬボクとしては、ドイツの典型的な大ジョッキ入りビールを飲み干すなど、とてもできない。ちびちび飲んでいるうちに泡は消えてしまう。ウエイターに馬鹿にされる飲み方である。

ボクがドイツで最も訪れる回数の多い街・フランクフルトでも、それは同じだった。ようやく解決したのは、市内随一のメインストリート・ツァイル通りにショッピングモール「マイツァイル」を発見したことによる。


2009年にオープンしたそれは、ローマ出身の建築家マッシミリアーノ・フクサスによる大胆なファサードと巨大な吹抜をもつ。その吹抜を上階まで貫く専用エスカレーターに乗ってゆくと食堂街があって、ボクと同じような「おひとりさま」が溢れている。彼らがボクを見る目には「よう、あんたも出張かい」と書いてある。

ある日、その「マイツァイル」のセルフ食堂で一皿平らげてから、階下のショッピング階に降りると、面白い期間展示が施されていた。昨2015年10月のことである。タイトルは「1990-2015 統一ドイツ・時間旅行」だ。1990年10月3日に東西ドイツが再統一を果たしてから25年を記念したものである。

日本人には理解しにくいが、「四半世紀」はヨーロッパの人たちの意識のなかで、それなりの大きな区切りなのだ。

展示は、さまざまなアイテムを通して、25年間を振り返ろうというものだ。

まずはホームコンピューター「コモドール64」である。1982年から1994年まで販売された8ビット機で、単一モデルで最多販売台数パソコンとしてギネスブックにも記録されている。後方には、1984年の任天堂ゲームボーイも置かれている。


なつかし携帯電話として陳列されていたのは「モトローラ3200」である。1982年に発表された、初のGSM携帯であった。スペックは「10時間充電でスタンバイ16時間・連続通話2時間」である。ボクの目からすれば、まさに羊羹箱だが、ドイツではあまりの無骨さからだろう、ドイツではクノッケン=骨と呼ばれていたそうだ。

続く時代を物語る品として展示されていたのは、1998年のiMacとライカのスライド映写機「Pradovit P150」であった。とくに機能主義を極めた後者のデザインは、今日見ても斬新である。ビデオプロジェクターとして蘇ってくれないか、と空想してしまう。


このイベント、実はドイツ統一時代を象徴する2台のクルマも展示されていた。1台はベルリンの壁崩壊とともに西側へと人々が乗って押し寄せたことで知られる旧東ドイツ製小型車だ。

そしてもう1台は何を隠そう、フォルクスワーゲン ゴルフ2である。


説明板によると、フォルクスワーゲン史上初めて産業用ロボットが工場に本格導入されたモデルで、エアバッグこそなかったが、1987年からABSがオプション設定された。1983年から1992年の間に、630万台が製造された。

解説文は、さらに興味深くなる。

メーカーの歴史部門「フォルクスワーゲン・クラシック」によると、生産終了後20年が経過した2012年の時点でも、12万6千台のゴルフ2がドイツ国内に現存している。そしてドイツ自動車工業会の2013年調査によると、状態良好な国内のゴルフ2は12万6千台にのぼる。

なるほど、これは当時を語る「西の横綱」として不可欠なわけである。

なお、近年ドイツで盛り上がりをみせているヤングタイマー(比較的若いヒストリックカー)市場において、ゴルフ2は第3位の人気であるという。

「日本のゴルフ2オーナーの皆さんも、まだ見ぬ本場ファンとともに末長く乗っていただきたい」と願った筆者であった。


(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)