イタリアでは2016年初冬まで「テンポ」というティッシュペーパー・ブランドが「喜びの涙」という懸賞キャンペーンを展開していた。特賞はフォルクスワーゲンのザ・ビートル カブリオレが2台!
当たった人は、今ごろまさに「喜びの涙」を流しながらクリスマスの街にザ・ビートル カブリオレで繰り出していることだろう。ちなみに2等は映画館チケット3350組分。そのココロは「ザ・ビートルがハズれた悔し涙をティッシュで」......ではなく、「映画鑑賞にティッシュを持参して、おおいに泣いてください」というものだった。
ところでイタリアでクリスマスマーケットといえば、オーストリア国境に近い北部のものが人気だ。
とくに、モーツァルトやハイネ、岩倉使節団が越えたブレンナー峠を背にした街「ボルツァーノ」のクリスマスマーケットはつとに知られている。アルプスの向こうの香りがするエキゾティック感覚が背景にある。ミラノなどの高校が遠足で訪れたりすることもあって、昼も夜も多くの人で賑わう。
それにしてもこの街にはフォルクスワーゲンが多い。
タクシーや教習車もしかりだ。
「これは地元販売店を訪ねてみなければ!」
そう思ったボクは旧市街から3.5kmほど離れた新街区にあるフォルクスワーゲンディーラー「アウトブレンナー」に赴いた。
ボクが偶然選んだ入口は、コマーシャル&レジャーカーの部だったらしく、いきなりキャンピングカーが置かれていた。欧州において自動車アウトドア文化が伝統的に活発なゲルマン圏に近いことを感じさせる。
ショールームは、他のイタリアの自動車ディーラー同様、各セールスマンの机がパーティションで仕切られていて、商談スペースとなっている。
ひとりのセールスマンはイタリア語、その隣の同僚はドイツ語で電話をとっている。そうかと思えば、次の電話ではそれぞれ逆の言語で対応している。
ボルツァーノを含むアルト-アディジェ地方はイタリア最北端の地域で、第一次大戦まではオーストリア-ハンガリー帝国領だった。現在でもイタリア語、ドイツ語、そして一部の自治体では第3の言語であるラディン語いずれもが公用語として用いられているのだ。公立学校でも独・伊双方の言語で授業が行われている。このショールームの入口を示す表示も、"Eingang"と"Ingresso"の独伊併記である。
やがて、ひとりのセールスの手が空いたので声をかけてみた。ロベルト・カッタチンさんも伊・独語双方を巧みに使い分けながら営業活動している。名刺も2カ国語併記だ。
彼によると「アウトブレンナー」は半世紀の歴史を持つフォルクスワーゲンディーラーで、年間約1500台を販売している。
「フォルクスワーゲンはアルト-アディジェ地方で、国産・輸入含め最も売れている乗用車ブランドです」とロベルトさんは胸を張る。タクシー需要に関しても同じだ。
背景にあるのは「山岳地・寒冷地における信頼性」だという。加えて筆者が思うに、ゲルマン文化を色濃く残す土壌も、親フォルクスワーゲン感情に好影響を及ぼしてきたに違いない。
アウトブレンナーにおける販売台数は1位がゴルフ、2位がポロだ。近年は温暖化で降雪量が年々減少しているものの、依然4MOTION(4WD)は人気という。実際にショールームの展示車を見回してもイタリア他地域の店より4MOTION比率が高い。
こちらの突然の訪問にもかかわらず丁寧に説明してくれたロベルトさん、実は以前は異業種に身を置いていて、7年前にフォルクスワーゲンで自動車セールスの道に入ったという。この仕事の喜びは「自分も信頼できる、クオリティの高い製品を売れること」と話す。
目下のイチ押しは新型ティグアンだ。ショールームでいちばん目立つ場所に置かれている。別れ際、その前で彼は撮影に快く応じてくれた。
ところで先ほどまで話をしていた机上に、シルバーに輝くタイプ2をかたどった名刺ホルダーがあった。その話題をもちだすと、ロベルトさんは再びデスクに戻ってくれた。そして「あ、このブッリ(Bulli =タイプ2)ですか。お客様からのプレゼントです」とうれしそうに話した。
「この地域には、"初代ビートル時代から3代にわたってフォルクスワーゲンオーナー"というお客様も少なくないんです!」
良いクルマ・良い顧客。その両者に恵まれて、イタリア最北端のフォルクスワーゲンディーラーは新しい年も快走を続けるとみた。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)