僕が住むトスカーナのシエナで、秋を告げるイベントのひとつといえば「エロイカ」と名付けられたレトロ自転車イベントである。今年も2017年10月1日に開催された。
レギュレーションはかなり細かいが、要約すると出場資格があるのは、1987年までに製造されたロートバイク、もしくはそのムードを踏襲してつくられた自転車である。後者の場合、ブレーキ形状など前者に課せられたスペックの最低3つを備えていなければならない。
服装もコットンのウエアにコットンのソックスいったように、レトロなムードのものが推奨されている。
加えて、最短の46kmコースには、ロードバイク以外の出走も可能である。したがって昔日本テレビで放映されていた「鳥人間コンテスト」でいえば、コミック部門のようなコスプレ組も参加する。
今回も年初に申し込んだ5000人の参加者が、思い思いの小洒落たスタイルでペダルを漕いだ。
コース途中に設けられたランチ会場は、地元演劇愛好会の人たちが、家にあった古いおばあさんの服などを引っ張り出してきてレトロ風情を盛り上げる。
伴走車も一旦お休みである。
今回ボクが訪れた46kmコースのランチ会場には、グレーのフォルクスワーゲン・ビートル1300も休憩していた。ボクが子供の頃、東京の我が家にあったのとほぼ同じ1970年代初頭のモデルだ。
今回ボクが訪れた46kmコースのランチ会場には、グレーのフォルクスワーゲン・ビートル1300も休憩していた。ボクが子供の頃、東京の我が家にあったのとほぼ同じ1970年代初頭のモデルだ。
こんなイタリアの山中で再会できるとは。懐かしさがこみあげてきた。
ただこのビートル、注目度では隣にいたイタリア製の元パトロールカー(イタリアで、こうした元警察車はスワップミートなどで手に入る)に完敗だった。
サイクリストたちはパトロールカーのドアが開いているのを良いことに、「お前は運転席よりもリアシート(つまり逮捕者席)のほうがお似合いだぜ」などと冗談を言いながら、写真の撮りっこをしている。
ビートルの不人気ぶりを眺めながら、ふと思いだしたのは東京で1990年代に勤めていた出版社時代の先輩である。
彼は30歳代にもかかわらず「おいちゃん」と呼ばれていた。なぜそのようなニックネームがついたのか別の先輩に聞いてみたら、新入社員時代から充分に「おじちゃんぽかったから」だという。
ただし十数年後、ボクが古巣の会社を訪ねてみると状況は逆転。「おいちゃん」が若々しく映った。周囲の人たちが歳をとってしまったのを尻目に、元から「おいちゃん」だった彼は、それ以上歳をとらなかったのである。
あなたの周囲や、学校時代の同級生にも似たような人が一人や二人いるに違いない。
ビートルもしかり。第二次大戦後の1945年に本格的生産が開始されてまもなく、イタリアのカロッツェリアからはフェンダーのない、いわゆるフラッシュサイドのデザインが次々と発表された。
ビートルはその時点で、すでに「おいちゃん」だったのである。
PRを担当した広告会社DDBは、「Never」のキャッチとともに、無意味な変更は施さないことを宣言した。実際その後登場したクルマが次々陳腐化するなか、ビートルの朴訥なデザインは普遍的なタイムレスな機能美を確立する。
今回「エロイカ」のビートルも、優に車齢45年以上と思われる。日本の首相でいえば、田中角栄時代のクルマだ。
にもかかわらず年齢不詳ゆえ、こうしたレトロイベントでは古さを醸しだせない。
ビートルの若さは、ときに罪となる。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)