「今日はワングレード上のクルマがありますので、そちらを」
レンタカー会社のカウンターで、その言葉を何度聞いたことであろうか。
「お客を喜ばせるためのストラテジー」か、それとも「本当に予約しておいたグレードのクルマが無い」のか。前者だとすると、イタリアのアジア系雑貨店で、いつ行っても「今日はディスカウント!」と威勢よくいわれるのに似ていて「なんだかねー」と思う。
後者の場合も複雑な心境になる。ボクは常に最低グレードであるAセグメントのクルマを予約する。ちなみに欧州でそうした最低価格のレンタカーは、当然マニュアル車である。
安いのはもちろんだが、エントリー車種でも高速道路で上級車種に負けない機敏な走りを見せるのが痛快なのである。
自動アップグレードは、その楽しみを奪ってしまう。加えて、かなりの確率で、米国系(もしくは昨2017年まで米国系だった)ブランドのBセグメント車をあてがわれてしまう。いくつかの都市で乗車済みのモデルだ。
背景には、そうしたブランドが、レンタカーを含むフリート向けセールス市場で圧倒的に強いためである。
「ダメもと」で、日頃乗る機会がない韓国ブランドの在庫を聞いてみたりするのだが、「あります」と言われる率は圧倒的に少ない。
そんなレンタカー運が悪いボクであるが、昨年の初冬パリ・オルリー空港で、ちょっとた奇跡が起きた。
その日もAセグメントの車を予約しておいたにもかかわらず、レンタカー会社のお姉さんは、Bセグメントのキーを2〜3個カウンターの上に並べた。いずれも例の「米国系、もしくは昨年まで米国系」である。
「なんか、他にありますか?」と一応訴えてみると、お姉さんは後方の棚をゴソゴソとさぐり、もうひとつキーを出してきた。VWマークが付いているではないか。フランス語の定冠詞をつけて「La Golfよ」と教えてくれた。
Cセグメント、それも料金設定が一段高いオートマチックだ。学生時代からの長い欧州レンタカー経験において、かつてない飛び級である。というか、もう棚ボタだ。
実車は1.4TSIブルーモーションの「MATCH」と称する仕様で、スマートエントリー&スタートシステム、リヤビューカメラ&ブラインドスポットディテクション、さらにアダプティブクルーズコントロール(ACC)まで装着されていた。
それでいて料金は最低グレード。2日間借りて57.95ユーロ(約7800円。無料走行距離250km)である。ありがたい。
ゴルフは期待を裏切らなかった。市街地の石畳や郊外の荒れた道でも、路面状況に応じてしなやかかつ適切に伸縮するサスペンションが、巧みにショックを受け止める。ドライバーにさりげなく安心感を与える、絶妙な重心位置も好ましい。スロットル・レスポンスは通常しっとりと信頼感あるものだが、必要に応じて機敏さを見せてくれる。
ついでにいうと、ラゲッジスペースは容量とともに形状も適切で、標準的なスーツケースの積載に頭を悩ませる必要がない。
個人的には将来、環境規制などの事情でEVに乗り換える前、"最後に所有する内燃機関車"にさえ選びたくなった。これが、デビュー後7年経過したモデルとは。ヨーロッパでトップセラーの地位にある理由がおのずとわかってきた。
返却の日、目的地であるシャルル・ド・ゴール空港に向かうべく、ナビゲーションで「最短経路」を選択したら、かなり田舎道を辿ることになってしまった。
ある小さな村で民家の壁面を見上げると、往年のフランス車ブランド「SIMCA」の広告がうっすらと残っていた。
シムカといえば、1961に誕生した「1000」はRWDだったが、1967年に登場した「1100」は一転してFWD方式が採られた。まさにフォルクスワーゲンと同じ駆動方式の大変革を選択したわけだ。
この1100は、初代ゴルフを開発する際、ベンチマークの1台となったといわれる。しかし後年シムカは、アメリカ自動車産業の覇権競争に翻弄された。その結末として1979年にフランス企業に救われたものの、ブランドとして消滅する。
同じFWD車としておおいなる発展を遂げたゴルフと、目標のひとつとされながらも消えたシムカ。優に40年以上が経過した壁面広告を見ながら、戦後自動車史にしばし思いを馳せた。
と、しみじみしていたら、「満タン返し」のガソリンスタンドを探す時間を失ってしまった。結果として、レンタカー会社のレートにしたがい、円換算にしてリッターあたり約320円✕7リッター=約2240円のガソリン代と、給油手数料約1300円が請求書に上乗せされてしまった。とほほ......
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)