人間は歳とともに、歩んできた人生が顔などに表れるといわれます。クルマはどうでしょう?




私は大学を卒業後、輸入車ディーラーに勤務していました。某プレミアムブランドの営業マンとしていろいろなお客様と出会うことができました。当然、毎日のようにお客様がお乗りになっているクルマを拝見する機会がありましたが、その際に、クルマがどのように扱われているかを、おおよそ判断することができたのです。たとえ洗車を怠ってホコリだらけでも、すでに新車登録から10数年経って査定基本価格がゼロであっても、大事に愛されてきたクルマは輝いているのです。生き生きとしているのです。
 これはクルマに限ったことではありません。工具でも文房具でもカバンでも財布でも、本来もっている機能や性能をフルに発揮して大切に使い込まれたモノは独特の存在感を放っています。凄みといったら大げさかもしれませんが、風格や味といい換えることもできるでしょう。

何年か前に、生方聡さんが編集長を務めていた『BREEZE』誌で、ある方を取材しました。その方はゴルフ ヴァリアントにお乗りで、クルマの出張メンテナンスをお仕事にされていました。全国各地を飛び回るゴルフ ヴァリアントには、なんと300kg近い重量の仕事道具が日常的に積まれ、オドメーターはすでに20万km超えです。高速走行の連続でフロントマスクは飛び石による無数のキズがついていましたが、そのゴルフ ヴァリアントがとても生き生きと目に映ったことが今でも強く印象に残っています。このゴルフ ヴァリアントは、本来の機能を100%発揮して長年愛用され続けてきたのです。愛車を磨き上げて雨の日には乗らない・・・そんな愛し方を否定するつもりはありません。しかし、ゴルフ ヴァリアントのユーザーはとてもカッコいい生き方をされていましたし、パートナーであるゴルフ ヴァリアント自身も、どこか誇らしげな佇まいでした。 

ある企業の人事の方とお話をしたときに、選考をする際にもっとも重視することは、「その人から幸せオーラが出ているか否か」だと教えてもらいました。幸せな家庭で育ったということは、その表情や動きから確実に読み取れるそうです。それは決して裕福な家庭に育ったという意味ではありません。家族からたっぷり愛情を注がれて育った経験は、とくにお客様にサービスを提供する仕事には必ず活かされるということなのです。
人間とクルマを同じ対象として見ることはできませんが、どのように年月を経てきたかが客観的に伺えるという点では共通しています。面白いものですね。

(Text by S.KIKUTANI)


菊谷 聡(きくたに さとし)
輸入車最大手ディーラー勤務後、CARトップ編集部副編集長を経て現在は自動車専門コンサルティング会社を経営するかたわらエディターおよびライターとして活動。また、自動車を絡めたライフスタイルを中心とした講演、自動車メーカーのセールス研修コンサルタント&インストラクター、企業オーナーのパーソナルコーチとしても活動中。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。伝説のVWバイブル"BREEZE"誌においても、生方編集長の元寄稿をしていた経歴をもつ。