過去を振り返り、すぐれたパッケージングをもつクルマは数多く存在します。しかし、多くの自動車メーカーがベンチマークとし、現在でも名車として語り継がれているモデルといえば、初代ゴルフでしょう。このスタイリングとパッケージングを担当したデザイナーが、ジョルジェット・ジウジアーロです。
カーデザイン。この言葉から受ける印象は、美術品や工芸品のような美しい「形」をしたクルマ。実用性や機能性よりも、見るだけで気持ちが高揚するようなエモーショナルな「姿」。一般的にはそんなところでしょうか。
しかし、「デザインする」ということは、単に形を作り出すという意味ではなく、クルマであれば「パッケージ」を考えます。つまり、クルマという箱のなかに何人の人間が乗り、どれだけの荷物が積め、どんなエンジンやトランスミッション、サスペンションを搭載し、どんな走行性能を実現し、どんなレベルの安全性を確保し、そのうえで魅力的なスタイリングを備える...といった具合です。これは大変な作業です。
これらすべての要件をバランスさせることは、生やさしいことではありません。
ジウジアーロはもともと画家になることを夢見て美術学校へ進学。そこに在籍中にフィアット社のエンジニアであるダンテ・ジアコーザと出会い、突出した才能が認められて17歳という若さでフィアット社に入社することとなりました。
さらにその後1960年、フィアットのデザインセンターでカロッツェリア・ベルトーネの総帥ヌッチオ・ベルトーネに認められ21歳でベルトーネへと転籍、チーフデザイナーに就任します。
ここでジウジアーロは、新進気鋭のデザイナーとして数々の作品を発表。代表的な作品として、アルファロメオ・ジュリアや初代マツダ・ルーチェなどがあげられます。
1966年にベルトーネを退社したジウジアーロは、カロッツェリア・ギア社のチーフデザイナーに就任。ここでは、いすゞ117クーペやマセラティ・ギブリなどをデザイン。
そして1968年、ついに自身の会社となるイタル・デザイン社を設立しました。これまでも、そしてこれからも名車として語り継がれる初代ゴルフの優れたパッケージが生まれたのは、ジウジアーロがイタル・デザイン社を設立して間もない頃のことでした。
8speed.netをご覧の皆さんならばご存じのとおり、初代ゴルフは、大ベストセラーとなったフォルクスワーゲン・タイプIの後継モデルとして開発されました。先代モデルが偉大であればあるほど、次期モデルの開発は困難を極めます。当時は、このコラムでも紹介したハインツ・ノルトホフが社長を務めていましたが、彼は後継モデルの設計もタイプIのときと同様にポルシェ社に依頼をしました。
初代ゴルフの開発について詳細は割愛しますが、VW社の将来を担うほど重要なプロダクトの開発にあたり、パワートレーンの開発はVWとNSUアウトウニオン(現・アウディ)が連携して担当、スタイリングデザインとパッケージをジウジアーロが手がけることになったのです。
ジウジアーロというと、流麗なフォルムをもつスポーツカー......というイメージが強いかもしれません。しかし、初代ゴルフのような完成度の高い「機能美」を具現化することにも長けていました。普遍的なデザイン、現代の感覚や視点で観察しても「いいな」と思わせるデザインは、まさにジウジアーロならではといえるでしょう。
その理由は、自身のデザイン哲学をクルマ以外の製品、とくに身近にあるさまざまなプロダクトに生かしたいという考えによるものだそうです。
ジウジアーロは常々、「外観だけではなく品質が重要であり、高品質な製品であることを外に向けて訴求するようなフォルムが大切である」と言っています。クルマに置き換えると、単に外観の美しさやスポーティさだけを追い求めるのではなく、その外観に内包された高品質な素材や高性能、優れた技術などが伺えるようなデザインということでしょう。
たとえば初代ゴルフのように、スポーツカーではないけれど走っている姿が美しい理由。そして街角に佇む姿に強烈な存在感がある理由は、こんなところにあるのでしょう。大げさな話ではなく、クルマが放つ凄みやオーラを感じることがありませんか? その点はやはり、デザイナーの力量がものをいうということです。(文中敬称略)
(Text by S.Kikutani)