先日、前々から知るフォルクスワーゲン グループ ジャパン(以降VGJ)の社員のひとりと話す機会を得た。いつもざっくばらんに話してくれる人で、これまでにもいろんなことを教わった。前に会ったのは騒動前だったので、当然、騒動に話題がおよぶ。端的にいって社内は非常に沈んでいるという。無理もない。もし「いやいやこういうときこそ前を向こうと一丸となって頑張っている!」といわれたって嘘っぽく聞こえるし、仮に本当にそういう雰囲気だとしたらそれもどうなの? と思ってしまう。前向きになろうと努力することはもちろん必要だと思うが。
彼らにしてみれば、忠誠を誓っている本丸が、長期間にわたって組織的に不正をしていたことがまずショックだろうし、加えて、世界中のメディアが連日にわたって報じるのを見聞きすることは、毎日ボディブローを受け続けているような感じなのではないだろうか。
VGJの広報部はもち得るかぎりの情報を、権限が及ぶ最大限の範囲で開示しているように見える。だが、それ以外の部署の社員は(自分たちが作ったり売ったりしている商品が対象ではないだけに)騒動に対してやれることが限られているだろうからもどかしいはずだ。全国のディーラーの社員も。企業の不祥事が報じられた際、該当する部署ではないほとんどの社員はこんな感じなのだろう。いまなら例えば、旭化成グループのほとんどの社員もそういう苛立ちを感じているのだろう。個人事業主以外は大なり小なりそういうリスクを抱えているということか。
フォルクスワーゲン本社にも各リージョンにも危機管理を担当する部門はあるはずだし、危機管理専門のコンサルなどとも連携しているはずだが、危機管理のノウハウというものは過去の経験から得られたもの。ところが、SNSの発達をはじめ情報拡散のスピードが年々加速しているため、ほんの過去のノウハウが通用しないケースも多いのだとか。便利な時代は立場が変われば厄介な時代ということ。「ひとのうわさも75日」だったのが、いまじゃ一度書き込まれたら下手すりゃ永遠だ。
報道は玉石混交だ。正確でなかったり、誇張されていたり。知人は正確でない報道に触れるのはとても辛いと吐露していた。口では「辛い」といっていたが、その表情は「悔しい」といっていた。ただ、彼が一番堪えたのは報道ではなく、時事ネタを題材にしたテレビのビジネス英語番組で、ある回のキーワードが「defeat」だったことだそうだ。時事ネタを扱う番組とすれば格好の英単語だろう。番組中に「defeat」を使った例文が何回も何回も繰り返されるのを、ただ呆然と見聞きするしかなかったという。勉強が目的で、忘れまいという気持ちで視聴する内容だけに、観た人の記憶に「defeat」と「フォルクスワーゲン」はきつく結びついて刻み込まれた可能性がある。
洋の東西を問わず、また昔も今も、メディアがすべて正しいとはだれも思っていない。ただし、それでもメディアが取り上げる内容は、それが高尚だろうと下世話だろうと我々の興味・関心を映した鏡だ。不正をしなければ、連日取り上げられ続けることはなかったわけで、どうすることもできない。また、企業は日頃メディアを戦略的に使ってPRしている。都合が悪い時だけメディアに寝てろとはいえない。
これは別の関係者から聞いた話だが、今回の騒動に関する報道量を広告費換算すると、平均的な自動車インポーター企業のマーケティング予算の数年分を優に超えるという。それがたった2カ月の間に凝縮されて報道されたわけだから、ほとんどの人にフォルクスワーゲン=スキャンダラスというイメージが強く植えつけられたのは間違いない。
実際、騒動と報道の影響は甚大で、VGJはディーゼル車を販売していないため、正規販売車には問題がないにもかかわらず、販売台数は、10月が前年同月に比べて52.0%、11月が同68.2%と、2カ月連続で激減した。不正発覚の現場となった北米市場もブランドの本拠地である欧州も販売台数は落ち込んではいるが、日本市場ほどの割合ではない。問題のあるモデルを売っていた地域よりも激しく落ち込む原因をどこに探すべきだろうか。流行しているものが流行するというか、ある流れが全体の流れになりやすい民族性によるものだろうか。
それはそうと、これが日本企業が引き起こした問題だったなら、日本での報道の量やトーンに変化はあっただろうか。意図的か否かという違いはあれど、日本のサプライヤー、タカタの不祥事では不幸にも死者が出ているのに対し、フォルクスワーゲンの不正では(少なくとも直接的に)死者が出ているわけではない。にもかかわらず、タカタとフォルクスワーゲンの報道量を比べると後者の方が明らかに多いように感じる。アメリカも似たような感じで、2014年にGMが不具合の放置を認めたイグニッションスイッチの不良では死者が出ているものの、(遠く日本から見た印象では)今回のフォルクスワーゲンの不正問題ほど報じられたようには思えない。トヨタやフォルクスワーゲンの騒動をして「グローバルの年間販売台数が1000万台を超えんとすると、不思議とそのメーカーは苦境に立たされる」などと陰謀論を匂わせるようないわれ方をすることもあるが......。
その彼はエミッション対策や次世代技術などに携わっていたこともあって、自分の業務に対する騒動の影響が社内で最も大きく、2カ月たったいまでもやる気が起きず、先日とうとう上司に「気持ちはわかるが、そろそろ仕事しろ」といわれたそうだ。いわれてもなお、すぐに自分を奮い立たせるのはなかなか難しいようだが、騒動が起きる前に戻ることはできない。彼らが今している経験を今後にどう生かすべきか、それを的確にアドバイスできる人はそうそういなさそうだが、いなきゃ自分たちでこの先を切り拓くしかない。頑張っていただきたい。
(Text by S.Shiomi)