果たしてその実力は??
コンセプトカーがお披露目されてから、実に4年。ようやく市販に漕ぎ着けたup!の国際試乗会が開催されたのは、イタリアはローマだった。実を言えば最初にそれを聞いた時には、ちょっと怯んだ。何しろ彼の地の交通環境は凄まじい。道は狭く入り組み一方通行ばかりで迷路のよう。そして周囲は皆、当然ながらイタリア人ドライバーなのだから!
実際、ローマではスマート・フォーツーが驚くほど沢山走っている。そんな街で試乗会をやろうというのだから。しかし、それも自信の表れ。そう考えたら俄然、面白くなってきたのだった。
そんなローマで対面したup!は、一見素っ気なく見えるほどシンプルなフォルムが逆に新鮮な雰囲気を漂わせている。しかも、シンプルと言っても単純なわけではなく、またグリルレスのマスクやブラックアウトされたテールゲートなど、各部のディテールにひとひねりが入っていることもあって、小さいのにちゃんと存在感を発揮しているのは、さすがダ・シルヴァのデザインだ。
ボディサイズは全長3,540mm×全幅1,641mm×全高1,478mmと、RRレイアウトだったコンセプトカーとほぼ同寸。つまりルポとほとんど変わらない。しかし、そんな風には見せない堂々とした雰囲気は、ホイールベースが99mmも長く、いかにも4輪が踏ん張った感じが出ているからだろうか。
インテリアも仕立ては簡潔だ。ダッシュボードなどの樹脂部分にソフト素材が使われていないなど決して高級ではない。けれどクオリティはさすがに高く、ピシッと締まった感じが心地良い。盤面は小さいながら必要な情報は余さず表示されるメーターパネルや、ボディ色との組み合わせを楽しめるトリムパネル、そしてハイバックタイプとされたシートなど、細かな所に凝ったデザインも、良いモノ感に繋がっている。
感心させられたのは、その居心地の良さだ。室内長などを見ると、ルポに対して格段に広くなっているわけではないのだが、フロントウインドウを前に追いやり、着座位置を引き上げ、しかも後席を更に高い位置に置くなど、パッケージングの細かな工夫によって、どの席でも快適と評せるスペースを確保している。
更にラゲッジスペースも、251ℓという十分な容量を確保。なるほど、ここまで出来るなら、なるほどRRレイアウトを採用しないという判断も納得はできる。
尚、グレードは3種類を設定する。ベーシックな「take up!」、エアコンやボディ同色ミラー/ドアハンドル、高さ調整式ドライバーズシート等々が備わる「move up!」、15インチアルミホイールやフォグランプ、革巻きステアリングに"Maps nad more"と呼ばれる簡易型ナビシステムが付く「high up!」が用意される。またデビュー記念の限定車として「black up!」、「white up!」も登場。今回はこれにも乗ることができた。
フロントに横置きされるエンジンはEA211型と呼ばれる新開発の直列3気筒ユニット。排気量は999ccで、ECUのセッティングの違いにより最高出力60psと75psのふたつの仕様が用意される。トランスミッションは5速MTと、後にロボタイズドMTが追加の予定。コストが引っ掛かるのか、DSGの設定は無い。
いずれの仕様にも、スタート/ストップシステム、エネルギー回生、コンポーネンツの更なる低フリクション化、低転がり抵抗タイヤがセットされたブルーモーション・テクノロジー仕様が用意される。燃費は60ps版で4.2ℓ/100km。CO2排出量は97g/kmを実現する。
車重はベーシックな"take up!"で939kg。これはEU表記だから、まあざっと1トン辺りと見ておけばいいだろう。しかし走らせてみると、額面上の数値以上に小気味良さを感じさせる。95Nmの最大トルクを発生するのは3,000〜4,300rpmの間だが、その90%は2,000rpmの段階ですでにもたらされるため、アクセルを深く踏み込むまでもなく、軽快に速度を高めていく。
以上は75ps版の話。60ps版も最大トルクは変わらないのだが、加速は75ps版についていくには結構頑張って踏まなければならないぐらいの差がある。ダッシュ力も大事な日本の特に都市部での使用を考えると、やはり75ps版以外の選択肢は無いだろう。
このエンジン、騒音、振動も抑えられている。3気筒特有のビート感はあるが、回転はきわめてスムーズなのだ。バランサーシャフト無しの3気筒エンジンは今や珍しくはないが、EA211はピストンやコンロッドの軽量化を突き詰めるなど当たり前の技術を徹底的に磨き上げることで、バランサーシャフト付きに遜色無い滑らかさを実現している。これは当然、出力や燃費、重量など多くの面でプラスに働く。
フットワークは、いかにもフォルクスワーゲンというテイストだ。特別刺激的ではないけれど、ひたすら正確。しかし車体が小さく軽いことから、印象もやはり軽やかだ。逆に言えば、ポロ以上のモデルで感じるようなガッチリした感じは薄いのだが、このセグメントの中で周囲を見回してみれば、そのレベルは何段も上にある。
安全に対する意識、そして具体的な装備でもup!はクラスの常識を超えている。とりわけ注目が、クラス初の「シティエマージェンシーブレーキング」。赤外線レーザーによって車両前方を監視し、5〜30km/hまでの速度域での追突を自動ブレーキによって回避もしくは被害低減するシステムである。今回、出番は無かったが、ローマのような街では重宝するかもしれない。もちろん、東京でも。
さて、このup!は実際に国産コンパクトと比較されるような存在となり得るだろうか。肝心の価格は「take up!」が9千850ユーロから。限定車の「black up!」、「white up!」で1万3700ユーロとなる。ざっと100万円〜140万円というところだが、日本仕様は5ドアのロボタイズドMT仕様になるというから、それなりに装備を充実させてくれば、単純換算で150万円にはなるはずだ。
日本でもこのぐらいの価格なら競争力を期待できるが、実際にはさすがに難しいか。フォルクスワーゲンジャパンが思い切ってくれれば、日本のコンパクトカー市場が一気に面白い状況になることは間違いないのだが。
ともあれ楽しみなup!の日本導入は、その5ドア、そしてロボタイズドMTが揃ってから。時期は来年の終わり頃となりそうだ。
(Text: Y.SHIMASHITA / Photo: Volkswagen Group Japan)