T-ハイブリッドを含むまったく新しいパワートレインと、5万ユーロ(約925万円)もの大幅な価格上昇を伴って登場した新型「Porsche 911 Turbo S」は、先代モデルを凌駕することを目指している。そして、その目標は見事に達成されたが、完全無欠とは言い切れない。
※この記事は「Auto Bild JAPAN Web」より転載したものです。
「911」シリーズは、最大3種類のボディースタイルと2種類のパワートレイン構成を持つモデルを含む実に9種類ものバリエーションを擁している。その中でも911 Turbo Sは最も優れたバランスを実現したモデルといえるだろう。クラス最高レベルのオールラウンダーであり、優れた汎用性とサーキット性能を兼ね備えている。グランドツアラーとしてだけでなく、日常のドライブにも最適だ。そして登場以来、「Ferrari 296 GTB」に匹敵する性能を、街中でさりげなく、しかし確実に体感できるクルマとして、その地位を築いてきた。
さらに911 Turbo Sには他に類を見ない特徴がある。それは、常にそのパフォーマンスを難なく引き出せることだ。一年を通じて、ほぼあらゆる条件下でその実力を発揮する。だからこそ、今回の総合スーパーテストが「気温が上がるまで待つ」という理由で延期されたときには少し驚かされた。ここだけの話だが、われわれのランキングには真冬にベストタイムを記録した先代モデルも含まれているのだ。
この事実だけでも、控えめなデザイン変更の裏側に、単なる外観上のアップデートを超える大規模な改良が施されていることを示唆している。そして、その進化の大きさを示す数字として、Porscheはニュルブルクリンク北コース(ノルトシュライフェ)のラップタイムも公表した。7分04秒というタイムは、先代モデルより14秒も速い。ちなみに先代モデルのタイムは公式には公表されていない。
パフォーマンスエンジンとしての新型T-ハイブリッドシステム
このパフォーマンス向上の原動力となっているのが、新型「T-ハイブリッド」システムだ。「Porsche 911 GTS」と同様、このシステムは「9A3」型エンジンと組み合わされる。
内燃機関の排気量は3.6Lに縮小され、圧縮比は従来の8.7:1から9.2:1へとわずかに向上した。また、ベルトドライブを完全に廃止したことで、エンジン全体の高さも抑えられている。
従来の可変タービンジオメトリー(VTG)ターボチャージャーに代わり、2基の電動ターボチャージャーを採用。さらに排気後処理システムの改良により、ブースト圧は従来の1.4barから1.8barへと引き上げられた。
エンジン単体では最高出力640PS、最大トルク760Nmを発揮する。先代モデルの650PS、800Nmに比べるとわずかに低下しているが、トランスミッションハウジング内に搭載された電動モーターがそれを補う。電動モーターはフライホイールへ81PSと最大188Nmを供給し、システム全体では711PS、800Nmを発揮する。
最終的に、この出力向上は容量わずか1.9kWhのバッテリーから供給される電力によって実現されている。216個の円筒形セルが常に放電状態にならないよう、Porscheはエネルギーマネジメントをブースト圧制御システムと連携させた。ターボチャージャー内の電動モーターは余剰圧力を逃がすだけでなく、適切な回転数を維持する役割も担う。発生した電力はギアボックス内の電動モーターへ直接供給されるか、バッテリーの充電に利用される。その結果、高速道路でも驚くほど安定した性能を発揮する。このハイブリッドシステムは極めて完成度が高い。
このシステムによって車両重量は実測で93kg増加している(1715kg対1622kg)。もちろんPorscheは軽量ガラスやバケットシート、小型燃料タンクなどを装着して軽量化を図っているが、それでも後席は残されていた。さらに数kg程度の軽量化余地はあっただろう。
興味深いのは重量配分の変化だ。増加した重量のうちフロントアクスルに加わったのは11kgのみで、リヤアクスルには82kgが加わっている。その結果、前後重量配分は37:63となり、従来以上にリヤ寄りの特性となった。なお991.2世代では39:61だった。
重量増加によってトラクション性能は明らかに向上している。リヤアクスルの荷重増加は当然ながらトラクションに好影響をもたらす。エンジン回転数が低くても高いブースト圧を発生するTurbo Sは、0-100km/h加速を2.4秒で達成。200km/hまでの加速もわずか8秒で終え、先代モデルをそれぞれ0.1秒、0.5秒上回る。
さらに中間加速では技術的な優位性がより明確に表れる。8速PDKのギア比は従来よりロング化されているにもかかわらず、電動ターボチャージャーの効果により加速性能は大きく向上。7速のまま80km/hから120km/hへ加速する時間は、従来の10.5秒から7.3秒へと短縮された。
新型911 Turbo Sが先代に及ばない唯一の項目は最高速度だ。従来の330km/hに対し、新型は322km/hとなる。
なお、最大170kgのダウンフォースを発生するスポーツプラスモードでは、電子制御によって最高速度は290km/hに制限される。
最高速度の低下そのものは大きな問題ではない。しかし、それは新型911 Turbo Sが抱える本質的な課題を象徴している。もはや、あらゆる状況で自然に高性能を発揮するのではなく、その性能を実現するために明確な妥協を伴うようになったのだ。
それはオプションのPASMスポーツサスペンションによる低速域での硬い乗り心地に始まり、非常に敏感なフロントアクスル特性、そしてピレリP Zero R(NA2)タイヤの滑りやすさへとつながる。このタイヤは冷間時にはセミスリックタイヤのような挙動を示す。
高温下では驚くほど優れた性能を発揮する
しかし、低温時の弱点は高温時にはまったく逆の結果をもたらす。ラウジッツリンクでは、このタイヤは非常に印象的なパフォーマンスを見せた。
コーナリング時のレスポンスは従来より明らかに鋭く、コーナー立ち上がりでの加速も安定している。その結果、コーナリング特性は一貫してニュートラルになった。もちろんオーバーステアを引き出すことも可能だが、それはドライバーが意図した場合に限られる。
穏やかな操作でクルマを導いている限り、そのドライビング体験は、このマシンが秘める圧倒的なラップタイム性能を考えると非現実的なほど洗練されている。
さらに、限界を超えた際の挙動変化も穏やかで、高い精度を備えながら扱いやすい。数周も走れば、アクティブサスペンションシステムによる人工的なターンイン感覚にも慣れてくる。そして、その感覚が卓越した運動性能に大きく貢献していることも理解できる。
新型モデルが最終的に先代モデルを0.94秒以上引き離せなかった最大の理由は、おそらく気温にあったのだろう。本来であれば、さらに大きな差をつけていても不思議ではなかった。
この結果は、天候に対するPorscheの懸念が正しかったことを裏付ける一方で、われわれの結論もまた明確に示している。
テスト車両に装着されていたPASMスポーツサスペンション仕様のTurbo Sは、パフォーマンス向上の代償として、従来モデルが持っていた長所の一部を失ってしまった。
確かに運動性能という点では先代を凌駕している。しかし、そのキャラクターはより限定的なものとなり、万能性という意味では後退したと言わざるを得ない。
それは決して歓迎すべき方向性ではない。なぜなら911 Turbo Sとは本来、特定の性能だけが突出したクルマではなく、あらゆる資質を高次元で兼ね備えた総合力によって評価される存在だからだ。
結論
われわれがスポーティーさを犠牲にすることを勧めることは滅多にない。しかし、この場合は標準サスペンション仕様との比較に非常に興味がある。なぜなら、標準サスペンションに変更しても大幅に遅くなるとは考えにくいからだ。むしろ、よりバランスの取れた走りになることを期待している。
911 Turbo Sの価値は、サーキットでの速さだけにあるわけではない。圧倒的な性能と日常性を高いレベルで両立してこそ、その名にふさわしい。
新型は確かに速くなった。しかし、その代償として失ったものも決して小さくない。
(Text by Manuel Iglisch / Photos by Ronald Sassen)