1980年代の熱狂的なクルマ好きの若者にとってのポスター・スターであり、「AUTO BILD 創刊号」でも“ナンバー1”と称された存在。それが「Porsche 959」だ。いまやミュージアムの展示車となったこのモデルだが、40年を経たいまなお、その魅力は少しも色あせていない。

※この記事は「Auto Bild JAPAN Web」より転載したものです。

冬のシュトゥットガルトはどんよりとした朝。しかし「Porsche Museum」の前に集まった人々は、寒さにもかかわらずその場を離れようとしない。館内に入ってブランドの歴史に浸る代わりに、彼らは鏡張りのキャノピーの下に置かれたストーングレーのスポーツカーを見つめ続けている。デビューから40年が経ったいまでも、寒さを忘れさせるほど強烈な魅力を放っている一台だ。

それも当然だろう。「911」の無垢なフロントフェイスに、途方もなくワイドなリヤを備えたこの低いスポーツカーは、わずか292台しか生産されなかった希少なモデル。1980年代には、マドンナ(Madonna)やアーハ(a-ha)のポスターと並んで、ティーンエイジャーの部屋を飾る存在だった。

一方でカラヤン(Herbert von Karajan)、ビル・ゲイツ(Bill Gates)、ボリス・ベッカー(Boris Becker)といった富裕層のスピード愛好家は、「Ferrari F40」や「Lamborghini Countach」の代替として、このクルマを空調完備のガレージに収めていた。

両者を魅了した理由は同じだ。1986年の登場時、42万ドイツマルク(約4000万円=当時のVolkswagen Golf約30台分に相当)という価格でドイツ車史上最も高価であり、最高速度317km/hを誇る世界最速の市販スポーツカーでもあった。

1986年2月24日に発行されたAUTO BILD創刊号では、959の大規模な試乗レポートが掲載され、編集部はこのPorscheを即座に“ナンバー1”と呼んだ。40年を経て再び対面することは、コンフォートゾーンを抜け出す絶好の口実と言えるだろう。

そしてこのクルマには、どうやら寒さもつきものらしい。

というのも、959はもともと新設されたグループB規定に基づくラリー参戦を前提に開発され、1986年のダカールラリーでの優勝によって名声を確立した。しかし当時のテストでは事情が違った。ヴァイザッハのテストコースは雪に覆われ、テストドライバーは編集長ペーター・グロドシェイ(Peter Glodschey)を同乗させ、電子制御4WDの安定性を示すためスキッドパッドで横滑りを披露したのだ。

「ドイツで最も高価なクルマは、斜めの姿勢で周回しても決して破綻しない。わずかなステアリング操作と短いアクセル操作で、959はレールの上を走るようにドリフトする」――創刊号にはそう記されている。

シュトゥットガルト近郊での“刺激的な”タイムトラベル

今回は開発センターからツッフェンハウゼンまでのドライ路でタイムトラベルを敢行する。数分もすればリヤに積まれた2.85L水平対向6気筒は暖まり、右足は自然と踏み込まれていく。3000rpm、4000rpmと穏やかに巡航していたかと思うと、5000rpmを超えた瞬間、シーケンシャルツインターボが炸裂し、まるで突進するかのように加速する。450PS/最大500Nmという数値は、車重1450kgの車体において圧倒的なインパクトを持つ。

とりわけ印象的なのがGギアでの加速だ。通常の1速の位置にあるこのギアは本来オフロード用だが、100km/hを優に超える速度域まで到達する。わずか3.7秒の出来事だが、アクセルを踏み続けるには相当な勇気が必要だ。もっとも、現存292台のうち1台をここで失うわけにはいかない。現在では当時の約6倍、150万ユーロ以上で取引されることも珍しくないのだから。

第2のレバーがもたらす魔法

そこでアクセル操作は慎重に行いつつ、もう一つの“おもちゃ”を試す。ステアリングコラム右側に設けられたレバーは、電子制御4WDを操作するためのものだ。ワイパーのように軽く操作するだけで、前輪への駆動力配分が段階的に増していく。路面状況に応じて、乾燥・雨・雪などのモード表示が切り替わり、驚異的なトラクションを実現する。200km/hを超える領域では、Ferrari F40やLamborghini Countachが“危険領域”に入るのに対し、959はなお安定と制御性を保つ。

さらにチーフエンジニアのヘルムート・ボット(Helmuth Bott)は、速度依存式の車高調整機能付き4段階ダンパーなど、数々の先進技術を投入した。ケブラー製ボディやマグネシウムホイールも当時としては極めて先進的だった。

当時は純粋なスピードへの欲求から生まれた“ナンバー1”だが、その技術の多くは後に一般車へと普及し、安全性向上に寄与した。創刊号でもこう評されている。「959が凝縮して示したものは、やがて1990年代の量産車へと広がる。その恩恵を受けるのは最終的に一般ドライバーだ」。

リムジン並みの快適性を備えたスーパースポーツ

Porscheは実験的でありながらも日常性を忘れなかった。電動シート調整やオートエアコンなど、ラグジュアリーセダン並みの装備で顧客をもてなしたのだ。

1980年代のスーパースポーツとしては驚くほど扱いやすい959だが、無理は禁物だ。やがて穏やかに走りを終え、クルマは再びミュージアムへと戻る。通りすがりの人々は、「959」の系譜――「Porsche Carrera GT」や「Porsche 918 Spyder」へと続く流れについて語り合いながら、この先に登場するであろう新たなスーパースポーツに思いを巡らせる。

1986年、2003年、2013年――そろそろ次が来てもいい頃だ。電動化一辺倒ではないと気づいた今、その可能性は決して低くない。もっとも、シュヴァーベンの技術者たちがどれだけ時間をかけようとも問題はない。われわれはこれからの40年もここにいる。そして、そのときの“新たなナンバー1”の最初の試乗に、すでに名乗りを上げている。次は、凍える冬の朝でないことを願うばかりだ。

(Text by Thomas Geiger / Photos by Deniz Calagan)