レトロモビル2023会場で。南極大陸走行用に改造されたポルシェ356A。

「レトロ雲」発生?

フランス・パリの伝統的ヒストリックカー・ショー「レトロモビル」が2023年2月1日から5日まで開催された。

会場であるポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場では連日、開場時刻の午前10時を待つファンによる長い列ができた。盛況は、会期4日目である土曜日に最高潮に達した。一部エリアでは、東京のコミックマーケットにできる「コミケ雲」ならぬ「レトロ雲」が発生するのではないか、とさえ思われる賑わいとなった。

主にモデルカーのショップが連なるエリアをのぞむ。

土曜日には、前に進むのが困難なほどのエリアが。

実際、当日は47回にわたるレトロモビル史上、1日あたり最多の入場者数を記録。会期全体でも歴代2位を達成した。

2021年の中止、翌22年の開催時期変更を経て久々の通常開催に漕ぎ着けただけに、その数字はファンたちの喜びが表れたもの、と捉えることができよう。

911マーケットが活況な理由

2023年の特色は、一時停滞気味にあったメーカー出展がふたたび盛んになったことで、その数は12に達した。

※フォルクスワーゲン・コマーシャルヴィークルズの出展はこちら

ポルシェは、911誕生60周年のキックオフを会場で行うとともに、新「911ダカール」をヨーロッパで初めて一般公開した。

レトロモビル2023会場で。ポルシェは「911」 60周年のキックオフを行うとともに、新「911ダカール」をヨーロッパで初めて一般公開した。

ブースの一角には、メーカー公認「ポルシェ・クラブ・フランス」のスタンドも設けられた。あるメンバーは筆者に、「フランスにおけるヒストリック911のマーケットは、今も活況です」と話した。そして「パリなど大都市では、排ガス規制が年々強化されているため、古い車を楽しめなくなっているのが背景です」と分析する。「フランス人が手放す911を、隣国ドイツや大西洋をはさんだアメリカのファンたちが物色しているのです」
たしかに、パリにおけるポルシェの多くは、これまで富裕なオーナーよってメインテナンスが行き届いているうえ、日ごろ地下ガレージに大切に仕舞われているから、コンディションが悪くない。

参考までに会期中に開催されたアールキュリアル社のオークションでは、17台の911が落札された。うち1台で、フランスのロック歌手ジョニー・アリデイのためにカスタムメイドされた1979年「911SC」は、19万0720ユーロ(約2752万円:税・手数料込み)でハンマープライスとなった。

ポルシェ・クラブ・フランスのスタンドの一角に展示されていたナローの911。黒字に白文字の旧規格ナンバープレートに加え、イエローの前照灯など、長年フランスで大切にされてきたことを匂わせている。

以下3台はアールキュリアル社オークションが出品したポルシェから。1951年「356」は極めて初期の「プレA」といわれるシリーズ。38万ユーロ(約5400万円)のリザーブプライスがつけられていたが、売買は不成立に。

モナコ公国のナンバープレートが付いた1969年912タルガ(右)。7万1520ユーロ(約1032万円: 税・手数料込み)で落札。

356や911系以外に、このようなポルシェも。イタリアのカロッツェリア「トゥリング・スーペルレッジェーラ」が修復した1970年「914/6」は、6万1984ユーロ(約894万円:税・手数料込み)で落札。

いっぽうで明るい話題も。フランスにおける古いポルシェのパーツ供給について質問してみると、「まったく心配ありません」と彼は答えてくれた。フランス系ブランドのファンがたびたび部品入手に窮しているのとは対照的である。

とあるショップが売り出していた「935」レプリカ。10万5千ユーロ(約1515万円)のプライスタグが掲げられていた。

フランスの自動車誌「ヤングタイマー」は誕生30周年の車を特集。その中の1台として、「993カレラ」がディスプレイされていた。

南極用に大改造

今回の会場で最も特異なポルシェといえば、ラリードライバーのレネ・ブリンカーホフと彼女の「チーム・ヴァルキリー」によるポルシェ356だった。実はこの車両、タイヤの代わりに前にはスキー、後にはクローラーを履いている。筆者流に表現すれば、“356スノーモービル仕様”だ。

慈善活動家でもあるブリンカーホフは2017年から、児童の人身売買に抗議する運動を兼ねて世界各地で開催される既存のラリーイベントにポルシェ「356」で参加してきた。

すでにアジア、北米、南米、ヨーロッパそしてオセアニアを走破。プロジェクトの仕上げとして独自に取り組んだのは、南極大陸だった。

ブリンカーホフは専門家の協力で356Aのモディファイを敢行。2021年12月、南極大陸の氷上を 車名にあやかって356 マイル(約563キロメートル)を走ることに成功した。それにより、356による世界初となる 7 大陸横断 2万マイル(約3万2千キロメートル)以上の走破を達成した。

ブリンカーホフと彼女のチームは、このポルシェ356で南極大陸を356マイルにわたって走った。そのインパクトある外観に、会場では連日多くの来場者がレンズを向けていた。

ここでも“俺たちのスティーヴ”

意外な“ポルシェ効果”が確認できたコーナーがある。それはオトモビリアといわれる自動車アートのコーナーだ。さまざまな作家によるスタンドが並ぶなか、明らかに俳優スティーヴ・マックイーンを模したと思われる作品が少なくないのだ。まさに“俺たちのスティーヴ”といった感である。

これは、前回の本欄「カレラ2は去れど…好きを仕事にしたイタリア紳士」でも記したマックイーンがポルシェを駆る映画「栄光のルマン」の影響であることに他ならない。今もル・マン24時間レースは一定年齢以上のフランス人自動車ファンにとって、“聖地”なのである。

ついでにいえば、ル・マン100周年も祝ったレトロモビルのポスターは、かつてそのレースを駆けたポルシェ「907」であった。かくもシュトゥットガルトの跳ね馬は、花の都の古典車イベントで輝いていたのである。

自動車アーティストが集まる一角で。これはパリの「アトリエ・シルクール」が出品した作品。

スティーヴは、永遠のモティーフだ。

1971年の映画「栄光のルマン」でスティーヴ・マックイーンが駆った1970年ポルシェ「917K」。英国の古典車スペシャリスト「フィスケンス」が展示した。

会期中は連日、開場時刻を待つ人の長い列ができた。今回の公式ポスターはパビリオンに貼られているとおり、ポルシェのル・マンカー「907」である。

最終日の日曜日には、パビリオン外にもさまざまなクラブのメンバーたちによって、ヒストリックカーが並べられた。

(report & photo 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)