力の源は「黄金時代」への思い
2022年の秋から初冬にかけて暖冬かと油断していたイタリアだが、2023年1月になった途端、バルカン半島の北から寒波が到来した。
いっぽう、ファッション界は早くも2023-24年の秋冬コレクションを次々とプロ向けにリリースしている。1月10日から13日にかけてフィレンツェで開催された第103回「ピッティ・イマージネ・ウオモ」は、まさにそうした来季のトレンドを、世界のバイヤーに発信した。
会場のバッソ城塞内には、トラッド系が多く参加するメインパビリオンと並んで、スニーカーを含むカジュアル系ブランド中心のテントが毎回設けられる。
そこに、小さいコマながら自動車ファンなら思わず足を止めてしまうスタンドがある。店名を「FHストア」という。
ガルフ・カラーのアイテムをはじめ、1960-70年代レース黄金期のムードをふんだんに漂わせるファッションに特化したセレクトショップである。商品としてところどころにディスプレイされたジェット型ヘルメットも、これまた雰囲気を盛り上げている。
アクセントとして置かれた「ポルシェ550スパイダー」のモデルカーを眺めていた筆者に店主が話しかけてきた。彼はジェームズ・ディーンが同車で命を落としたことに触れ、「事故の少し前、同じ俳優のアレック・ギネスは、来週彼が不吉な予感がし、気をつけて運転するように忠告したが、ディーンは意に介さなかったんだ」と、知識を披露してくれた。脇にディスプレイされたネイビーブルーのTシャツには、スパイダーのサイドビューとともに、長年ディーンの代名詞として用いられてきたlittle bastard(小さなろくでなし)の文字がプリントされている。
紳士のオアシス
店主のマッシモ・ロニグロ氏は1960年生まれ。前述のレース黄金時代に少年・青年時代を過ごした。
参考までに、ポール・ニューマンが主役を務めた映画「レーサー」が公開された1969年は9歳、スティーブ・マックイーン主演がポルシェを駆る映画「栄光のルマン」は1971年、11歳のときであった。
1980年代初頭から、まずはデザイナーとして四半世紀にわたりモードの世界に身を置いた。その間にも、4輪・2輪双方へのパッションは膨らんでいった。念願のポルシェを手に入れたのは、40歳のときだった。1989年登録の964カレラ2カブリオだった。「エンジンの純粋な設計思想や、無駄に電装系に依存していないことに、いたく共感したんだ」
心底惚れ込んだ964カレラ2だったが、5年後に涙を飲んで手放す決心をする。「開業資金が足りなかったのさ」
かくして2007年、ミラノに面積200平方メートルのショップをオープンした。以来、ガルフ、ホイヤー、ル・マン24時間にちなんだアパレルに加え、自らプロデュースするレトロマインド溢れるヘルメットを限定販売してきた。
カレラ2は失ったものの、今は幸せという。「毎日6輪、つまり4輪と2輪に近い世界に身を置いていられるからね」。さらに「世界にカヴァッリーノ(若駒) は2頭しか存在しない。ポルシェとフェラーリだけだ」と、忙しい会場内にもかかわらず熱く語ってくれた。
筆者は紳士モード見本市を取材して早10年になる。振り返れば、かつてはヒストリックカーを何台もブースに置くなど、クルマにイメージを託したブランドがみられたものだ。いっぽう今日は、たとえイタリアであっても再生素材や洗濯のしやすいスーツなど、エコロジーや実用性をアピールするものが目立つ。
そうしたなかマッシモ氏のスタンドは、男の伝統的アイコンであるクルマにテーマを求め続ける。最先端のトレードショーというビジネスライクな催しのなか、ちょっとした紳士たちのオアシスになっているのは、そうした彼の愛すべき情熱ゆえなのである。
※FHストアhttps://www.fhstore.it/
(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)