Audiが2026年のF1に初めてワークス体制で参戦する。このニュースは自動車業界に少なからぬ衝撃を与えたが、その背景には単なるモータースポーツ活動の拡張ではないことが見えてくる。

Audiは今回のF1参戦を、技術開発やブランド戦略だけでなく、企業文化そのものを変革するための“旗艦プロジェクト”として位置づけている。耐久レース、WRC、DTMなど長いモータースポーツ史を持つAudiがなぜいまF1なのか。そしてどのような準備を整え、どのような世界観を描きながら2026年を迎えようとしているのか。その全貌を技術・戦略・組織・歴史の観点から読み解く。

AudiがF1を選んだ理由〜電動化と持続可能性の時代にふさわしい舞台

Audiは“Vorsprung durch Technik(技術による先進)”を掲げ、その歴史の中でたびたび自動車技術の転換点を作ってきた。quattroで示した四輪駆動の新境地、TDIで切り拓いた高効率ディーゼル、そしてルマンでのハイブリッド革命やフォーミュラEでの電動化挑戦がそれにあたる。だが、いま乗用車の世界は電動化と持続可能性へのシフトという過去にない大変革期に直面している。AudiがF1を選んだのは、この巨大変革と自身の技術的方向性がF1の未来像と合致したからだ。

2026年からF1は電動パワー比率が大幅に拡大し、内燃機関と電気モーターの出力比がおよそ1対1となる。燃料は100%持続可能燃料の使用が義務づけられ、エネルギー回生量も大幅に増える。従来のF1パワーユニットに搭載されていたMGU-Hは廃止され、より量産車に近いハイブリッド構造へ進化する。こうした新規定は、耐久レースでハイブリッド技術を磨き、フォーミュラEで電動化の先端を走ったAudiの経験と完全に一致している。

さらにF1は世界最大のモータースポーツプラットフォームであり、2024年の観戦者数はサーキットで650万人、テレビ・配信視聴者は約16億人に達した。その中核を形成するのは北米・欧州・中国の若年層で、Audiにとって最も重要なマーケットと重なる。電動化技術の実験場であると同時に、ブランド浸透の巨大舞台でもあるF1は、Audiにとって現代における最適なステップといえる。

2026年パワーユニットの全貌〜ICEとMGU-Kの“完全対等ハイブリッド”

Audiが開発するF1パワーユニットは、1.6L V6ターボの内燃機関と、大容量エネルギー回生システムを組み合わせたものとなる。内燃機関の出力は約400kW、MGU-Kの出力は約350kWに達し、総合出力で見れば電動パワー比率がおよそ50%を占める完全対等ハイブリッドとなる。この数値は、耐久レースでAudiが実現してきたハイブリッドシステムに近い。

電動側の最大の変化は、MGU-Kの回生量が現行の数倍に増える点だ。ブレーキング時に回収されるエネルギーはシーズン全体のレース戦略に大きく影響する。AudiはWEC時代にエネルギー回生システムの冷却構造やバッテリー管理技術を磨いており、これらが2026年PUにも応用されると見られる。

ターボエンジン側でも再生可能燃料に最適化した燃焼設計が求められる。Audiのパートナーであるbpが専用燃料を開発しており、成分構成はCO₂排出量を大幅削減しつつ高いノッキング耐性を持たせたものになる。燃料そのものがパフォーマンスを左右するという点で、F1は新たなステージに入る。Audiのエンジニアリングチームは、燃焼効率を高めながら熱エネルギーを最大限利用する設計を追求している。

冷却システムの自由度が増すことも2026年PUの特徴だ。電動化が進むほど熱マネジメントは複雑になり、冷却構造は車体設計と密接に結びつく。ノイブルクの開発チームとヒンウィルの車体チームは、2022年から“熱モデルの共有”という作業を継続し、内燃機関・電動モーター・バッテリーの温度変化を1000分の1秒単位で解析しながら、最適なレイアウトを模索してきた。この統合開発は、Audiが過去にルマンで幾度も経験してきたプロセスに近い。

アクティブエアロがもたらす新世代のレース体験

車体側の規定変更も大きい。2026年型マシンは現行車より小型・軽量化され、ホイールベースは20cm短縮、車幅は190cm、重量は768kgとなる。車体設計はダウンフォース依存から“機敏さ”へシフトし、アクティブフロントウイングとアクティブリアウイングが新たに導入される。これは直線で空気抵抗を減らし、コーナリング時に最大ダウンフォースを得る仕組みで、航空工学と同じ思想だ。

また、先行車の後ろで一定条件を満たすとバッテリーブーストが解禁される。DRSに代わる新世代の追い抜き支援システムであり、2026年のF1は技術的にもレース展開的にも大きく姿を変えることになる。

Audiのヒンウィル開発チームは、この新しい空力設計に合わせてシミュレーションプラットフォームを刷新した。風洞実験とCFD解析を高密度に連携し、PUとの熱マージンや空力的負荷が車体にどのような影響を与えるのかを、リアルタイムで相互反映できる環境が整えられている。企業としてのデジタル化推進とも合致する領域であり、Audiは開発プロセスそのものを高度化する目的もこのプロジェクトに込めている。

「One Team」を実現するための3拠点体制〜ノイブルク・ヒンウィル・ビスターの役割

AudiのF1プロジェクト最大の特徴は、ドイツ・スイス・英国の3拠点を完全に統合した“One Team”体制にある。パワーユニット開発はドイツのノイブルク、車体開発・レース運営はスイスのヒンウィル、イギリスのビスターの技術オフィスは人材・知識ネットワークの拡張を担う。この3拠点の連携は単なる役割分担ではなく、企業文化まで含めた統合が図られている。

ノイブルクでは、テストベンチや動的シミュレーション装置が稼働し、パワーユニットの初期試験から耐久テストまでが集中して行われる。ヒンウィルはその結果を受け、PU搭載時の冷却要求や重量配分を反映した車体設計を行う。英国ビスターはF1人材の宝庫であり、Audiの開発体制に必要な最新の知見や経験豊富なエンジニアを継続的に供給している。

この3拠点間のコラボレーションはオンラインで常時接続され、レース週末にはヒンウィルのミッションコントロールがノイブルクのPUシミュレーターと連携して戦略を最適化する。ルマンやDTMでは見られたAudi流の“統合運営”を、さらに大規模かつ高密度に進化させたものだと言える。

AudiがF1参戦で最も重視しているのは、技術だけではなく“組織文化の変革”である。プロジェクト責任者に就いたマッティア・ビノット氏は、25年以上Ferrariに在籍し、組織規模の大きいチーム運営を熟知している。一方、チーム代表となるジョナサン・ウィートリー氏はRed Bullで18年間にわたりF1タイトル獲得に貢献した経験を持ち、現代のトップF1チームが実践する“効率的な決断と継続的改善の文化”を知り尽くしている。

Audiはこの二人を軸に、従来の自動車メーカー的な階層的組織とは異なる、迅速な意思決定と相互信頼を重んじるF1型の企業文化を築こうとしている。これにより、Audi全社の開発スピードや組織の俊敏性を高めるという、本業への直接的フィードバックも狙っている。

Audi F1が形成する“技術・マーケティング・文化”の総合効果

AudiのF1参戦は技術開発だけでなく、ブランド戦略とマーケティングにも直結する。若年層を中心に世界的な人気を高めるF1は、Audiが電動化時代のブランド価値を再定義する格好の舞台だ。2026年以降、Audiは新たなデザイン哲学に基づくF1マシンを披露し、チタン、カーボンブラック、Audiレッドという新たなプレゼンスカラーを採用する。ミニマルで大胆なグラフィックは、量産車のデザインにも影響を与えることが示唆されている。

また、bp、Revolut、adidasといったパートナー企業はいずれもブランド価値を共有し、単なるスポンサーではなく“共同で価値をつくる相手”として位置づけられている。このパートナーシップモデルそのものが、Audiのブランド進化を象徴する存在だ。

モータースポーツ史から見るAudiのF1挑戦――100年以上の蓄積の先にあるもの

AudiのF1参戦は新規参入に見えるかもしれないが、その背景には100年以上のモータースポーツ蓄積が存在する。Auto Unionの時代から続くグランプリ参戦、4WD革命をもたらしたWRCのquattro、TDIで勝利を重ねたル・マン、ハイブリッドで頂点を極めたR18、そして電動化の実験場となったフォーミュラE。Audiは常に“新たな技術の挑戦”をモータースポーツに持ち込み、成功させてきた。

F1参戦はその歴史の延長線上にあり、電動化時代の“次の技術革命”を示すステップとなる。Audi史の視点で見れば、今回のF1参戦は単発的なプロジェクトではなく、長い歴史の中で繰り返されてきた“技術革新サイクル”の最新章だと言える。

AudiのF1参戦は、技術開発、ブランド戦略、組織文化、そしてモータースポーツ史のすべてが交差する巨大プロジェクトである。2026年のデビューはそのスタート地点に過ぎない。ハイブリッドシステムの先進化、車体とPUの統合開発、One Team文化の構築、ブランド価値の再定義、そして過去100年間の技術挑戦の継承――AudiはF1という舞台を通じて“未来のAudi”をつくろうとしている。

2030年にタイトル争いへ加わるという目標は大胆だが、Audiがこれまでに積み重ねてきた技術力と組織の構築スピード、そして企業としての決意を見るかぎり、それは単なる夢物語ではないだろう。2026年のメルボルンでAudiがどのような姿を見せるのか。その一台がコースインする瞬間は、自動車産業の未来を占う象徴的な光景になるに違いない。

(Text by 8speed.net Editorial Team / Photos by AUDI AG)
※本記事はプレスリリースをもとに、一部AIツールを活用して作成。編集部が専門知識をもとに加筆・修正を行い、最終的に内容を確認したうえで掲載しています。