イタルデザイン「アッソ・ディ・ピッケ・イン・モヴィメント」。2024年4月、ミラノ・デザインウィークで。

デジタルからリアルへ

イタリアのカーデザイン会社「イタルデザイン」は、2024年4月15日から21日に開催された「ミラノ・デザインウィーク」で、コンセプトカー「アッソ・ディ・ピッケ・イン・モヴィメント」を公開した。同社による1973年のショーカー「アッソ・ディ・ピッケ」に着想を得た2+2クーペで、2023年にデジタル先行開発されたものを三次元化した。

イタルデザインは1968年にデザイナーのジョルジェット・ジウジアーロとエンジニアのアルド・マントヴァーニによってトリノに設立されたデザイン研究開発会社。2010年にフォルクスワーゲン(VW)グループ傘下入りし、ランボルギーニ、ドゥカティ、ベントレーと並ぶアウディのビジネスユニットに組み入れられた。ジウジアーロが去った2015年以降も、設計、エンジニアリング、プロトタイプ製作、超限定生産のほか、グループ外のクライアント向け開発支援や、自動車以外のプロダクトデザインも業務としている。

デザインウィーク会場のイタルデザイン・パビリオンにて。実車に至る通路では、まずイン・モヴィメントのスケッチが大スクリーンで紹介されていた。

あの名車たちに先駆けた

デザインウィーク会期の2日目、ミラノ随一のデザイン街区であるトルトーナ地区に設営されたイタルデザインの展示館を筆者が訪ねると、新作であるアッソ・ディ・ピッケ・イン・モヴィメント(以下イン・モヴィメント)が、基となったアッソ・ディ・ピッケとともにディスプレイされていた。

まずアッソ・ディ・ピッケについて説明しよう。当時フォルクスワーゲンの車体サプライヤーだったカルマン社からの「少量生産向け4座クーペを」との求めに応じてジウジアーロがデザイン。1973年フランクフルトショーで公開された。"Asso di picche"とはイタリア語でスペードのエースを意味する。ベースには、同じくジウジアーロが手がけた1972年初代「アウディ80」のものが用いられていた。

イタルデザイン広報部シニアオフィサーのロレンツァ・カッペッロ氏は、「そのデザインは、明らかに1972年のショーカー『マセラティ・ブーメラン』の流れを汲んでいました」と解説する。「シリンダー状のダッシュボードもデジタル時代を予見するものでした」

最終的にアッソ・ディ・ピッケは生産に移行されなかった。「しかし三角形をしたCピラーの形状は1976年『ロータス・エスプリ』、1979年『ランチア・デルタ』といった量産車に反映され、反復されました」

メーカー自体がどこまで関与・意図していたかは不明だが、筆者が付け加えればアッソ・ディ・ピッケはアウディのブランドイメージ刷新における先導役を果たした。なぜなら今日とは異なり、当時のアウディはクアトロ攻勢前夜で、上品ではあるが華やかな印象に乏しかったからである。

またセダンをベースに、洗練されかつ良好な居住性を備えたクーペを構築するコンセプトは、1976年「アッソ・ディ・クアドリ(ダイヤのエース)」を経て、1978年「アッソ・ディ・フィオーリ(クローバーのエース)」に至り、後者は1981年から「いすゞピアッツァ」として量産された。

余談だがこの連作では、ついぞ「アッソ・クオーリ(ハートのエース)」は実現されなかった。懐かしい歌謡曲の題名を借りれば、「ハートのエースが出てこない」だったのである。

半世紀後の再解釈

次に今回初公開された「イン・モヴィメント」についてカッペッロ氏に解説してもらう。「2023年のデジタル版はオリジナル誕生50周年を記念し、2023年2月から我が社のデザイン部門を率いているホアキン・ガルシアのもと開発されたものです。今回公開したリアル版はモックアップですが、特徴的なフロント・オーバーハングと、対照的に短いリア・オーバーハング、そして全長におよぶ視覚的連続性といったオリジナルのプロポーションを尊重しています。同時に、その先見の精神も継承しています」

車体寸法は全長4715(4100)mm✕全幅2032(1640)mm✕全高1300(1205)mmだ。オリジナルの4100mm✕1640mm✕1205mmに対して、長く広く高い。「安全性を確保するためには、一定のサイズ拡大が必要です。それでも必要最小限に抑えました」

イン・モヴィメント。

いっぽうでオリジナルと明らかに異なるのは、カッペッリ氏が「テクノロジーへのオマージュです」と語るグラスエリアの広さである。使用領域はフロントガラスから前に向かい、前方まで延びている。そのフロントフードからはモーター、トロリーケース2個分の収納スペースが透けて見える。オリジナルにあったエアインテークの代わりに備えられているのは充電ポートのリッド(蓋)だ。

一部にはポリカーボネイトが用いられているとはいえ、ガラス面積の拡大は、すなわち重量増との戦いだ。それに対し彼女は、「当然、重量は増加します」と認めたうえで、こう説明する。「私たちは軽量のガラスを駆使してきました。好例は2006年のコンセプトカー『マスタング・バイ・ジウジアーロ』です。同車ではフロントウインドウからルーフまでクリスタル・ガラスを使用しました。クリスタルは通常のガラスよりも重いのですが、サプライヤーと協力しながら、より良い解決方法に至ったのです」。ポリカーボネイトは、耐久性や経年変化を考慮しながら、同様に研究を進めるという。

イン・モヴィメントの室内を示したデジタル・レンダリング。ステアリング・ホイールは角が丸みを帯びた長方形。ダッシュボードは視認性を高めるために低く作られている。

未来のデザイナーの刺激に

ところでイタルデザイン社がミラノ・デザインウィークに初参加したのは2019年。その際展示したのは、ジュネーブ・ショーで既発表のコンセプトカー『ダ・ヴィンチ』だった。いっぽう今回のイン・モヴィメントは世界初公開である。デザインウィークを発表の場として、前回に増して重視した理由は?

オリジナルの特徴的なCピラーも再解釈されたうえ、採り入れられている。

「自動車はインダストリアル・デザインの重要な一部であり、デザインウィークはきわめて大切なイベントだからです」とカッペッロ氏は語る。「そして多くのデザイナーや、デザイナーの卵たちが私たちのパピリオンに立ち寄ってくれるのです」

半世紀を隔てて同じ概念+新たな解釈という2台に触れた来訪者のなかから、将来のイタルデザインやアウディを支えるデザイナーが生まれることに期待したい。

パビリオンの外には、イン・モヴィメントの赤いオブジェが置かれていた。

(report:大矢アキオAkio Lorenzo OYA・photo/image:大矢麻里 Mari OYA/Akio Lorenzo OYA/Italdesign/Maserati)