街のあちこちで、アウディが誘う
アウディは2023年4月17日から23日、イタリア・ミラノで開催された「ミラノ・デザインウィーク」期間中、インスタレーションを一般公開した。
デザインウィークは、国際家具見本市に合わせて毎年市内で催されるイベント。さまざまな分野のブランドが、自社のデザイン・アイデンティティやそれを反映した新製品を、常設ショールームや仮設会場で紹介する。2023年のイベント数は949に達した。
アウディも、毎年このデザインウィークに、多様なアーティスト、クリエイター、さらに家具ブランドなどとコラボレーションしながら参加してきた。
スペースのタイトルは、昨年6月と同じ「ハウス・オブ・プログレス」だ。だが、前回が旧銀行本店社屋を借りた屋内展示だったの対し、今回はホテルの中庭を舞台とした。
まずは街の雰囲気から、会場に至るまでを紹介しよう。ミラノを象徴する大聖堂広場には、イベントを象徴するように、家具メーカー「ディヴァーニ・エ・ディヴァーニ」がプロダクトを展示していた。そこから歩行者天国を歩くこと約20分。アウディの会場に近いヴェネツィア通りでは、電光掲示板や巨大垂れ幕による広告がムードを盛り上げる。
ミラノ随一の高級ブティック街、モンテ・ナポレオーネ通りでも2022年同様、実車をともなった告知が行われていた。
さて、ヴェネツィア通り11番地の会場に到着。バロックの香り漂うアーチをくぐると、VIPゲストを送迎用の「A3」や「RS e-tron GT」がパークしていた。
ドミノ・アクト
もうひとつのアーチをくぐると、今回のインスタレーションは現れた。鏡面が映し出す周囲の館の虚像が、昼から異次元の空間を創りだしている。
タイトルは「ドミノ・アクトDomino Act」。高級家庭用品ブランド「アレッシィ」で実績がある工業デザイナー、ガブリエレ・キアーヴェ(1978年生まれ)と、彼が主宰する集団「コントロヴェント」による作品である。
一角に掲げられていた解説を参照してみよう。
「アウディにとって、進歩とは、単に先進的なクルマのデザインに由来するものではありません。進歩とは、全身の概念であり循環であり、そして鼓動する心です。アウディのためだけではありません。社会の、環境の、そして経済が健全であるためです」
それに続く説明は「ドミノ・アクト」が表現するビジョンであった。
「ひとつの決断が、さまざまな分野に影響をもたらすという、ポジティブな効果の祭典です」
なるほど、ひとつのインパクトが連鎖的に次のアクションを起こしてゆくさまを、巨大なドミノで表現したと解釈できる。
「作品を構成するモノリス(筆者注:単一の大きな岩。今回の場合「巨大なドミノ」を指す)の鏡面は集団で行動する力を高め、円形の配置は循環経済を創造的に解釈したものです」
カメラのファインダーを覗いていると、来場者がいるほうが、より絵になる。解説には、その答え合わせのようなことも綴られていた。
「インスタレーションを見る人は、観客であると同時に作品の不可欠な一部となり、反射によって前例のないもの、新しい現実のビジョン、つまり進歩の出発点が明らかになります」
やがて柱と柱の間をつたってゆくと姿を現したのは、「アウディskysphere concept」だった。2021年8月に発表されたこのコンセプトカーについては、8speed.netのこちらに詳しいので参照いただこう。
解説は続く。
「作品全体には、中央に展示されているコンセプトカー、アウディskysphere conceptにつながるイノベーションが凝縮されています。その存在は、アウディの脱炭素化ストーリーに不可欠な要素である前衛性と進歩性を象徴しています」
「モノリスは、鏡の戯れによって、中庭を彩る草花を増殖させ、まるでアウディskysphere conceptに乗っているかのような没入感を再現します」
この車両は走行モードに応じてホイールベースが最大250mm変化するのが特徴だ。今回の会場では長いほうの「グランドツーリング(GT)」モードでディスプレイされていた。コンセプトカーでありながら、フィニッシュの高度さには目を見張るものがある。
"学習"コーナーもあるんです
skysphere conceptの裏側には、実はもうひとつの展示が展開されていた。
「Loop」と名づけられた循環型のサステイナビリティを4つのパートで解説するものだ。その表裏のポジションは回転こそしないものの、回り舞台のごとくであった。
第1は「ガラスの再生」の取り組みである。修理不可能なガラスがアウディ・サービス工場から「OTLG」と呼ばれるフォルクスワーゲン純正パーツ物流ネットワークに託される。専門工場で破砕後、自動車ガラスのサプライヤーとして名高いサンゴバン社の工場で不純物を除去し、ガラスとして再利用するプロジェクトである、今後1年の試験期間を経て品質を確認し、「Q4e-tron」のフロントガラスへの使用を目指す。
隣には、e-tronのモーターが展示されていた。何かと思えば、中古部品を活用してプロが新たに組み立てたものだった。「リサイクル以前に有効活用の可能性をさぐる試み」としての参考出品だ。
第3は、前述のガラス同様、アウディのサービス工場から集められた各種プラスチック部品を用い、「Q8 e-tron」用シートベルト・バックルカバーとして用いる取り組みである。
もっとも興味深いのは、最後の使用済み高電圧バッテリーの再利用であった。ストレージ・システム用、もしくはEV充電ステーション用に再利用しようという模索だ。
これらはシートベルトのバックルカバーを除き、引き続きリサーチ段階であるが、いずれも時代に即した取り組みといえる。惜しいのは、華やかなskysphere conceptに気を取られて、こちらを見学するビジターが少なかったことだ。こうした、よく知ると面白い展示をどう見せるかは今後の課題だろう。
“宥和政策”にやられる
ところで会場に選ばれたホテル「ポートレイト・ミラノ」は、2022年12月14日にオープンしたばかりである。しかし建物の歴史は1565年にさかのぼり、長らくセミナリオ(神学校)として使われてきた。それを9年の歳月をかけて改装したものだ。アウディのリリースには謳われていないものの、別の意味でサステイナビリティの手本である。
ちなみにアウディは、デザインウィーク初日から一般公開した。招待状を携えた関係者向け公開が大半の日だけに、実に民主的な計らいであった。
「ドミノ・アクト」を囲む広い中庭と回廊には、夏を思わせる太陽がさんさんと降り注ぐ。周囲には(2022年にアウディがインテリアコンセプトのコラボレーションを行なった)ポリフォーム製ソファが散りばめられている。
デザインウィークにたびたびみられる、暗く狭いスペースに、観者の興奮を促すような大画面LEDディスプレイや大音響を伴ったインスタレーションとは一線を画した安堵感がある。冒頭で記した膨大な数のイベントを少しでも多く制覇しようと意気込んでいた筆者だったが、たちまち戦意を喪失。気がつけばつい長居してしまった。アウディの“宥和政策”にやられてしまったのである。
(report & photo 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)