本稿が公開されているころ、イタリア人はクリスマス・プレゼント買い出しのラストスパートをかけていることであろう。

ところでイタリアの高速道路「アウトストラーダ」のサービスエリア(SA)売店では、「巨大もの」をよく見かける。普通のスーパーマーケットで売っていない巨大袋入りパスタ、大袋キャンディ、日本でも大箱入り「キットカット」といったものを見かけるが、それをさらに拡大したようなものである。さらには生ハムひと塊といった、イタリアらしいのもある。

近年、イタリアのSA売店で頻繁に見かける「Audi Q8 S line」キッズ用電動カー。2021年6月撮影。

SA売店の新定番

いずれも他人の家を訪問するとき、お土産を買い忘れてしまった→クルマだから、ややデカいものでもいい→インパクトでウケるかもしれない→ええい買ってしまえ、という客を狙っていることは間違いない。

そうしたなか近年SA売店に、新たな巨大ものが加わった。「Audi Q8 S line」をかたどったキッズ用電動カーである。梱包箱の説明によると、ある中国企業が「SPIDKO」というブランドネームで企画・製造した商品だ。Audiのライセンス取得済商品と記されている。

Audi Q8を模したキッズ用電動カーの左脇には、同じく子ども用の「べスパ」も。

ちなみに2021年12月現在、日本のAudiオフィシャルサイト「Audi Collection」で販売されているキッズカー「AudiジュニアクワトロFC Bayern M」は、乗車した子どもが地面を足で蹴るか、棒状をした別売のガイドハンドルを装着して、保護者などがガイドする。つまり非電動である。対して、こちらで売られているのはモータライズされている。

これはAudi Q8より前に、2016年に販売されていた「VW Golf GTI」。値札によると249ユーロ(現在の換算レートで約3万2000)だった。

このQ8のキッズ用電動カー、正規の価格は249ユーロ(約3万2000円)だが、実勢価格は200ユーロを切るものもあるようだ。対象年齢は3〜6歳である。イタリアで筆者がこれまで確認したボディカラーは、オレンジもしくはホワイトだ。

カーオーディオまで標準装備

ふと思い出したのは、筆者が幼年時代だった1970年代初頭、わが家にあったキッズ電動カーである。どこか「トヨタ・センチュリー」風だったそれは、4輪風であったものの、前2輪はダミーで接地していなかった。フェンダーの奥深くに操舵用の1輪が付いている3輪車だった。

室内専用設計だったので、仕方なく家の中で遊んでいたら、その前1輪が畳を容赦無く切り刻み、敷居に無数の傷を作ってしまった。そればかりか、繰り返し遊ぶうち最後はバッテリーの充電能力がゼロになり、電源プラグを繋いだ状態でないと動かなくなった。仕方がないので延長コードを継ぎ足し、それが延びる範囲で乗っていた。今思い起こせば、あれがほんとのプラグイン車であった。

キッズ用Q8に話を戻せば、サイズは1160✕700✕540mm。12V 4.5Ahバッテリーで後各輪用の30Wモーター2基を駆動する。残念ながら“クワトロ”ではない。

ただし、イタリアの代理店による紹介ビデオを見ると、他の部分はそれなりに“高スペック”だ。リアホイールには、ちゃんとサスペンションが装着されている。耐荷重は30kgという。筆者が試乗できないのが惜しい。

(またいで乗っても良いのだろうが)左右ドアから乗降でき、定員1名の座席には3点式シートベルトが装備されている。

MP3オーディオも備えたコクピット。

スタートボタンを押すと、スロットルをふかすサンプリング・サウンドがスピーカーから再現される。セレクターレバーを前に倒して発進。速度は2段階だ。保護者の2.4GHzワイヤレス・リモートコマンダーによる操作も可能だ。

ステアリングコラム左下にはデジタル時計のほか、USBなどの外部メディアからデータを取り込むオーディオも装備されている。そのための付属USBフラッシュメモリは、普通のクルマのキーを模した形状だ。

ヘッドライト、テールランプともLEDである。ホイールキャップは、シルバーとブラックの2種が付いていて、“オーナー”の好みで着せ替えることができる。さらに驚くことにボディカバーまで付属している。

パパ、ママ、Audi

第二次世界大戦前、シトロエン社の創業者でプロモーションの天才でもあったアンドレ・シトロエンは、「子どもたちが最初に覚える言葉を『パパ、ママ、シトロエン』にしたい」と宣言。実車を模したミニアチュアやペダルカーを次々とリリースして未来のユーザーづくりに努めた。この小さなQ8もそれなりにAudiファンを醸成し、「パパ、ママ、Audi」と呼ばせる力を秘めているかもしれない。

最後に注意をひとつ。実はこのキッズ用Q8、すぐに乗れるわけでない。組み立てなければならないのだ。ミラーやシートなど車内外パーツの艤装はともかく、バッテリー周辺の配線などは、それなりに説明書を熟読する必要があろう。アッセンブリーの所要時間も考慮に入れておかないと、クリスマス当日に納車式と信じていた子どもとの間で思わぬトラブルを招くことになる。

おっと、174.30ユーロ(約2万2000円)まで値下げして販売中。2021年10月撮影。日本の通販サイトでも、同様の商品がときおりみられるようだ。

保護者によっては苦行かもしれないが、プラモデルを組み立てるのと同様のホビーにもなるから、捉え方ひとつだ。そしてプレゼント交換の時が来たら、前述のリモートコマンダーを操作し、隣の部屋からジャジャーン!と登場させるのが粋というものだろう。

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)