動画投稿サイトでは「廃墟ツアー」が人気を博し、ひとつのジャンルとして確立している。

かつてテレビCMが頻繁に放映されていたものの、気がつけば時代に取り残されて廃業してしまった有名ホテル、諸般の事情で廃線となったモノレールやロープウェイの駅などに、カメラはどんどん入ってゆく。ナレーションはなく、テロップと暗いBGMのみなのが、さらに気味悪さを助長する。

そうした施設の大抵は、鬱蒼とした草に覆われている。蛇とかマムシとかに遭遇しそうで、到底筆者にはできない企画である。

東京・武蔵野の高級住宅地にある豪邸廃墟のリポートも観た。床に放置されていたのは筆者が編集記者として勤務していた出版社の自動車誌だった。いささか複雑な心境になったのは、いうまでもない。

シエナの公共駐車場に放置されたと思われるAudi A6 Avant

それはイタリアの悩み

廃墟で思い出したが、イタリアの街を悩ますものに放置された自動車がある。

もちろんイタリアでもクルマの放棄は環境法による処罰の対象である。

かつて筆者が不思議だったのは、放置車の多くがナンバープレート付きであるということだった。つまり、自動車税の納税義務が発生するはずだ。

ただし所有者が警察に盗難届を出したあとで登録抹消を申請した場合、納税義務は消滅してしまう。つまり、ナンバー付きで放置車の多さは、すなわち盗難車が多いことを表しているのだ。

盗難車ではなさそうな、地元ナンバーのクルマも頻繁に放置されている。これに関して長年民間車検業者を経営する知人は「行政の問題」と指摘する。「業務に手が回らないのと共に、回収・司法諸費用をかけたくないからだ」と説明する。実際、彼によれば自動車税の督促状が舞い込むことは稀で、他地域に引っ越してしまえば、元オーナーはさらに納税を逃れることができるという。

警察側が放置車両と判定する手続きも面倒だ。周辺の草、タイヤ状態、部品の欠如、さらに保険期限切れなどをもって、放置車両かを判定する。次にナンバーを陸運局に照会。所有者に期限内の撤去を促す。しかし、この国の郵便事情が悪いため期限切れとなり、車両の実地検分を再度実施しなければならない(ローマ・トゥデイ」電子版 2015年7月14日配信号)。

また、所有者が死亡で相続手続きが生じていた場合、さらに面倒なことになる。

ここまでは路上や公共駐車場などの話だ。私有地に放置されてしまうと、民間では到底手に負えない面倒な手続きが待っている。スーパーマーケットの駐車場に、明らかに何ヶ月も動いていないクルマを見かけるのは、そのためである。

かつて筆者が会った自動車オーナーは、愛車を「大きな公立病院の駐車場で見つけた」と教えてくれた。聞けば「不幸にも入院後、亡くなってしまった人のクルマだった。院長と掛け合って譲ってもらったんだ」と説明してくれたが、かなりグレーな入手法である。良い子は真似してはいけない。

クルマ自身が懐かしんでいる

筆者が住むイタリア中部シエナ市内に点在する公共駐車場でも、放置車両を発見することができる。

白い初代Audi A1 Sportbackの初期型は、ナンバープレートのフレームからして、地元ディーラーが販売した車両である。未舗装路が少なくないこの地域でリアウィンドーが汚れているのは珍しいことでない。しかし、入庫時に付着してきた葉が枯れていることからして、かなりの間放置されていることがわかる。

別の公共駐車場にある2代目Audi A6 Avantは、もっと悲惨な状態だ。

4輪とも煉瓦のブロックが噛まされ、タイヤとホイールが取り払われている。オーナーが放置する際に外したか、それとも他者が持ち去ったかは、もはや知る由もない。

ウィンドーに掲示されている前述の保険加入カードは、2016年8月が期限となっている。仮にそれを頼りにするなら、すでに6年間放置されていることになる。

2015年まで窓ガラスに掲示するのが義務だった保険加入済カードが残る。そこに記されている期限は2016年8月だ。

運転席側ウィンドーと、右側のクオーターウィンドーは割られている。

廃墟ツアー動画撮影者の気持ちになって、恐るおそる室内を覗いてみた。

フロントウィンドーは折りたたみ式サンシェードに加え布でも覆われ、後者はわざわざドアに挟むことずれないようにしてある。盗んだ犯人がここまで面倒なことはしないだろうから、このクルマはオーナー自らが放置した説が濃厚となる。

運転席にはクモの巣が張っていた。センターコンソールにある2DINオーディオ&ナビゲーションは、カバーが取り外されていることからして、何者かが取り外そうと試みて断念したものと思われる。

ラゲッジスペースは、誰かが放り込んだミネラルウォーターのペットボトルと、なぜかキッチンペーパーが散乱していた。こちらの写真はあまりに酷いので自主規制とした。

運転席。AT仕様でクルーズコントロールも装備している。オーディオ&ナビは取り外しが試みられたか?

内装全体を覆う明るいレザーにはカビが生えている。ウッド部分もすでに光沢を失っている。しかしそれらは、かつて人も羨むハイグレード仕様であった過去を、クルマ自身が懐かしんでいるように見える。筆者の目にはなんとも意地らしく映ったのであった。

もし盗難車でないとしたら、かつては自分の命を預けたクルマに、オーナーはもう少し丁寧なお別れの仕方をしてほしいものだ。

後席を見る。たとえ高品質のAudiでも、風雨に晒されて天井の内張りはすでに垂れ下がっている。

そんな先日、温泉村の廃墟動画をインターネットで観ていた女房が憤慨していた。

本人に聞けば、動画に映っていた旅館はたしかに廃業しているが廃墟ではなく、かつて宿の主人だった親戚のおじさんはそこに現住しているという。

それを聞いて心配になったのは、筆者のクルマだ。ひと月以上洗っていないため、雨とともに運ばれてくる北アフリカの砂に覆われて見るに堪えないコンディションだ。放置車と間違えられないようにせねば。

盗難車でないとしたら、もう少し丁寧なお別れをしたいもの。

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)