Audiがquattroの25周年を記念して発売した限定車「Audi TT Coupe quattro sport」を箱根で試乗、その印象は?

※2013年5月の記事を再構成して掲載しました。

「TT Coupeは、ベースとなった"A3 1.8T"にトウガラシをたっぷりと擦り込んだようなホットモデルである」

1998年9月上旬、ヨーロッパでの販売を翌月に控えた「Audi TT Coupe」のイタリア試乗会にて、筆者はノートにそう記している。 あれから15年、その初代Audi TTの限定車、2006年モデルの「Audi TT Coupe quattro sport」を走らせたときの試乗メモには、"なつかしい"という言葉があちこちに散らばっていた。

まずはデザイン。ドイツの美術と建築に関する学校"バウハウス(Bauhaus)"の思想を感じさせることから「走るバウハウス」などとも形容されるAudi TTだが、個人的にはそのきわめてシンプル、かつ機能的なデザインが好きだ。イタリア車の大人の色香を感じさせる優美さとは実に対照的、いかにも質実剛健を旨とするゲルマン民族らしい造形である。

「Simple is best」とは上手いことをいうもので、単純な線の組み合わせなのに、そのデザインはなんとも印象的だ。どこか懐かしささえ感じてしまうから不思議でもある。

実際、久しぶりに対面したAudi TT Coupeをじっくりと眺めているうちに、イタリアでの試乗会を想い出したわけで、15年の時を経てもまったく旧さを感じさせないエクステリアデザインは、見事のというほかない。

さて、今回試乗したAudi TT Coupe quattro sportは、quattro誕生25周年を記念してつくられた特別仕様車である。日本での販売台数はわずか150台。もちろん、ほかのAudi TTとは違う、いくつかの特徴を備えている。

外観では、ルーフとドアミラー、リヤスポイラーが専用カラーのファントムブラック パールエフェクトに塗られていることが"特別の証"で、これにレッドペイントされたブレーキキャリパーを組み合わせているのが見た目の特徴だ。

ドアを開けると、アルカンターラの3本ステアリングホイールとハンドブレーキグリップが目を惹く。

もっとも、内外装のそうした特別装備は、実はこのクルマにとっては飾りの一部でしかない。肝心なのは軽量化のためにリアシートを取り払い、前後重量配分の改善を狙ってバッテリーをエンジンルームからトランクスペースに移設したこと。

そして、quattro GmbH特製のスポーツサスペンションを与え、さらにパワーウェイトレシオを向上させるべく、エンジン出力を上げたことにある。

横置きに搭載される直列4気筒20バルブユニット、BFV型1.8Lインタークーラー付きターボエンジンは、ECUのマップを書き換えることで標準仕様(APX型)に対して11kW(15ps)増しの176kW(240ps)/5700rpmの最高出力を発揮。最大トルクは40Nm増えて320Nm(32.6mkg)/2300〜5000rpmを生み出す。

実際、走らせてもフラットトルク型の特性を示すが、いわゆるターボラグを感じさせるなど古典的な味わいも残されていて、最新の"超フラットトルクターボ"に慣れた身には、やはりここでも「懐かしい」の文字が浮かんでしまった。

たとえば、日常域で多用する2500〜3000rpmの範囲でも充分な力強さを備えており不満を感じることはない。だが、このエンジンが実力を発揮するのは4000〜5000rpmの間だ。具体的には3000rpmでトルクの盛り上がりを感じさせ、4000rpmでトルクに乗り、5000rpmを超えるとトルクが低下していくのが手に取るようにわかる。実に素直というか解かりやすい出力特性である。

そして、この特性を理解すると、DSGではなく6段MTを組み合わせた理由が見えてくる。そう、わずか1000rpmのパワーバンドを外さないように"マニュアルシフト"することが愉しいのだ。パドルを引くという単純な行為ではなく、クラッチを踏みシフトレバーを操るという一連のリズミカルな動作に快感を覚えるのだろう。

Audiの開発陣は「速さよりも操る実感」を大切にしたわけで、アルカンターラのステアリングホイールの握り心地の良さと、そこに伝わる素直なステアリング特性もそれに一役買っている。

操縦性は初期のquattroに共通の弱アンダーステアに終始する。周知のとおりAudi TTのquattroシステムは電子式油圧制御のトルク配分システム(いわゆる油圧制御多板クラッチ)を採用するため、通常はほとんど後輪へトルクを伝達していない。

したがってハンドリングも限りなくFFに近いのだが、リヤサスペンションにマルチリンク式を用いるquattroは、トレーリングアーム式のFFモデルと比べるとそもそもリヤのグリップ限界が高く、アンダーステアの傾向が出やすいというわけだ。

このAudi TT Coupe quattro sportは、普通のAudi TTに比べてグラントゥーリズモとしての性格が強いモデルだが、相性の良いタイヤと組み合わせたことで、本来の性能がより鮮明に現われていたように思う。

(Text by Tsutomu Arai / Photos by Hiroyuki Ohshima)